「歩道橋の魔術師」 呉 明益 著

取り壊され跡形もない中華商場、だけどそこで泣き、笑い、出会い、別れ、生まれ、死んだ者たちの記憶は「歩道橋の魔術師」というブラックホールに吸い込まれ、どこかで今も夢を見ながら漂っているような気がする。本書の舞台は台湾、台北市の中華路にあった…

「アルファベット・ハウス」 ユッシ・エーズラ・オールスン 著

「友情とは相互性にもとづく同盟だ」。逃亡した者も、残された者も、28年間、友情を試されていたのだ。 「特捜部Q」シリーズ作者のデビュー作。 第二次大戦中、イギリス空軍のパイロット2人が敵国ドイツに不時着。 降伏し捕虜になってもおそらく命の保証は…

「血の探求」 エレン・ウルマン 著

「私はだれ?」ある女性の精神分析のセッションを盗み聞きするうちに、その出自の探求に惹かれていく主人公。異様なシチュエーションがやがてそれぞれの人生に向き合うターニングポイントとなっていく…。 休職中の大学教授である主人公が授業の準備のために…

「神話の力」 ジョーゼフ・キャンベル &ビル・モイヤーズ

私たちは、一人一人がルーク・スカイウォーカーであり、それぞれが自分の「デス・スター」を探して旅をしているのだ。「ファンボーイズ」という映画をご存知だろうか? 余命3ヶ月の宣告を受けたもと同級生のため「スター・ウォーズ」ファンの仲間たちが、公…

「双生児」 クリストファー・プリースト 著

双生児の兄弟と1人の魅力的な女性を巡る、多層的、幻想的、挑戦的な作品。本書は全五部で構成されている。 第一部は1999年、ノンフィクション作家であるグラットンのもとに以前から興味を持っていたある人物の回顧録がその娘を名乗る女性から持ち込まれると…

「九尾の猫」 エラリー・クイーン 著

大都市ニューヨークを恐怖に陥れた「猫」による連続殺人事件。中期の名作であり、探偵エラリーの苦悩と再生を描くターニングポイントとなる作品。 最初にエラリー・クイーンの探偵小説を読んだのは小学生の頃だっただろうか。 図書館にあった子ども向けの国…

「独りでいるより優しくて」 イーユン・リー 著

毒物混入事件をきっかけに深い孤独の中に引きこもってしまった3人の男女。被害者の死をきっかけに、彼らは独りでいることをやめて誰かと生きることを模索し始める。 これは1989年、まだ天安門事件の影響が残る北京に住んでいた4人の男女の物語。 裕福な家…

「セルデンの中国地図」 ティモシー・ブルック 著

一枚の地図に、17世紀に起こった世界のパラダイムの変革、学者や文人たちのあくなき研究心、そして航海者たちの富を求める欲望、羅針盤や星を頼りに大海原に乗り出した無名の船乗りたちの冒険心という宝石のような物語を見た。 一枚の地図がある。 たて16…

「流」 東山 彰良 著

あぁお腹がいっぱい! 一読して、とにかく頭がクラクラしてる。 今年の直木賞受賞作品。 話題作は、いつもだったら落ち着いた頃にゆっくり読むことにしているのだけれど、たまたま受賞のニュースの前に著者の「さよなら的レボリューション 再見阿良」を読ん…

「ワンダー WONDER」  R・J・バラシオ 著

「ところで、ぼくの名前はオーガスト。オギーと呼ばれることもある。外見については説明しない。きみがどう想像したって、きっとそれよりひどいから。」オーガストは「スター・ウォーズ」が大好きな10歳の男の子。 彼は400万人にひとりの確率で起こる変異遺…

「紙の動物園」 ケン・リュウ 著

どの作品も国境を越え、言語を越え、肉体という枠さえも越えている。これから現れる若い小説家は、彼のように広大な視点から、人を、自然を、愛を、宇宙を語るのかもしれない。書店で本を探して立ち読みしていると、本につかまってしまうことがある。 うかつ…

映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」

ふと思い出した。 ずっと頭の隅に引っかかっていた言葉。 「みんながみんな、あなたのように強い人間じゃないのよ」 数年前に同僚に言われたこの言葉を、映画を見終わって思い出した。 違和感を感じて、いや違う…と言いかけて、言葉を探すうちに別の話題に切…

「宇宙飛行士が教える地球の歩き方」 クリス・ハドフィールド 著

油井さんの任務の成功と無事の帰還を祈りつつ、この本を読み返した。油井さんを乗せた宇宙船ソユーズが、無事にISSにドッキング成功したというニュースに「宇宙飛行士選抜試験」と本書を読み返した。 新聞記事やニュース記事で油井さんは「夢をかなえた」の…

「ステーション・イレブン」 エミリー・セントジョン・マンデル 著

「不在」の世界に生きる登場人物たちに教えてもらう。 どこまでも愛おしく大切な、私たちのいま。 舞台でリア王を演じていた俳優アーサーが突然倒れ、偶然そこに居合わせた救命士ジーヴァンの救助も虚しく彼は死亡した。 彼の死を目撃した7歳の子役キルステ…

「孤児列車」 クリスティナ・ベイカー・クライン 著

生まれ育った故郷や家族との繋がりを断たれ、あかの他人の中で暮らす。ある者は家族として、ある者は都合の良い労働力として、ある者は使い捨ての道具として。今いる場所が果たして本当に自分の居場所なのかと疑問を抱き、本来あるべき自分にいつまでも未練…

「迷宮」  中村 文則 著

未解決の一家惨殺事件の唯一の生き残りである女性と彼女に魅入られる主人公。迷宮のような心と、重い秘密を抱えて生きる二人。 幼い頃、自らの背徳的で陰鬱な部分を仮託した「R」という分身を心に抱えていた主人公。しかしあるとき彼はその「R」を切り捨て、…

映画「セッション」

映画館の中で身をすくめて観ていた。手足の先が冷たくなっていくのを感じながら。 主人公ニーマンはドラムの演奏者で、名門シェイファー音楽学院の一年生。 いずれ一流の音楽家として名を馳せたいと願っている彼が憧れているのは、 業界でも有名な教師フレッ…

「ナチスと精神分析官」 ジャック・エル=ハイ 著

人の心は複雑で、悪は数多の顔を持つ猟奇的な事件が起こるたび、人はその背景を知りたいと思ってしまうようだ。 事件のあと、ネットには犯人の名前や年齢、職業、家族構成などを知りたいという人々が集う。 このような心理を、純粋な好奇心のほかに、犯人が…

「病を引き受けられない人のケア」 石井 均 著

一番大切なことは、「よほどのことがあっても希望を失わない人間にならねばならない」こと。本書は、糖尿病治療を専門とする医師である著者が、糖尿病が専門外の医師や、臨床心理学、精神分析学の研究者、理学博士、哲学者、医療経済学者など9人の専門家と行…

「おだまり、ローズ」 ロジーナ・ハリソン 著

「ヨークシャー娘はちょっとやそっとのことで恐れ入ったりはしないのです。」本書は18歳からお屋敷奉公にでて、1928年から35年間、子爵夫人付きのメイドとして、女傑とも言うべきレディ・アスターとその家族に仕えたローズことロジーナ・ハリソンの回顧録で…

「注目すべき125通の手紙」 ショーン・アッシャー 編

読ませていただいて申し訳ありません。そして、読ませていただいて本当にありがとうございました。 気づけば最近「手紙」がらみの本を手にすることが多いなあと思いつつ、知人から勧められた本書について。 まず最初に言っておきたいのは、本書はとても重い…

「定職ををもたない息子への手紙」 ロジャー&チャーリー・モーティマー 著

職を転々とする息子に送る25年に渡る父からの手紙。退学した息子に喝を入れ理想を語る悲痛な手紙が、やがて「生きているようで何よりだ」にまで行き着く過程は、同じ親として涙と、そして笑いを禁じ得ない。 父のところに行くと、必ず帰り際に2度も3度も繰り…

「漂流郵便局」 久保田 沙耶 著

その手紙たちは「予感」だ。今はここにいない誰かと、いつかまた巡り会える日が来ることを、信じさせてくれる。漂流郵便局ーーー それは瀬戸内海に浮かぶスクリュー状の小さな島、粟島(あわしま)にある届け先不明の郵便物を受け付ける郵便局。 寄せられた…

「アンダーグラウンド」「約束された場所で」 村上 春樹 著

これは「分断」と「排除」について書かれた本ではないか。 いつも複数の本を並行して読んでいる。 今回は、ちょうど地下鉄サリン事件から20年ということで本書と、前作である「アンダーグラウンド」をやはり並行して読んでみた。 「アンダーグラウンド」では…

映画「おみおくりの作法」

やはり、この映画は語り直しの映画なのだ。ジョン・メイは、独り暮らしで亡くなった方の身元調査や葬儀などの手配を行う公務員だ。 この仕事を20数年間続けてきた彼が、ある日上司に呼ばれて突然リストラを告げられる。 丁寧で手間を惜しまない彼の仕事ぶり…

映画「her」

この映画を観たあと感じた気持ちをどう表現したらよいのか、ずっと考えていた。※ネタバレを含みますので、まだご覧になっていない方は要注意!子どもの頃、よく思っていた。 私はいつも頭の中で誰かと会話をしている。 「これ、食べる?」「右に曲がる?」「…

「甘美なる作戦」 イアン・マキューアン 著

最後に読者はこの作品こそが、彼が読者を罠にかけるために用意した愛しい愛おしいSweet Tooth作戦そのものであることを知るのだ。 本書は女性スパイと小説家を主人公に、複雑にして深い、そして甘い、甘ーい関係を描いた小説である。 著者は「アムステルダム…

「世界名作文学の旅」 朝日新聞社編

世界名作文学の舞台や生誕の地を訪れる文学紀行。初出から50年、改めて名作の魅力を再発見し堪能できる本だ。いま、私と娘の間ではにわかに「世界名作文学」熱が高まっている。 きっかけは本書。 娘が上巻から私は下巻から読み始め、 早速影響を受けて娘は「…

「荒野の古本屋」 森岡 督行 著

読んでいると、あの時に感じた不思議な「大丈夫」という気持ちを思い出す。 晶文社の「就職しないで生きるには」シリーズの一冊。 著者の森岡督行さんは、大学卒業後、約1年間ほど「社会」と距離を置きながら神保町で散歩と読書にいそしみ、その後、老舗古書…

映画「バルフィ!人生に唄えば」

「完全は不完全があってこそ成立する」 生まれつき耳の不自由な男性バルフィ。 インドのダージリンに住む彼は、ある日街にやって来た美女シュルティと偶然出会い恋をする。 喋ることのできない彼は、ジェスチャーや豊かな表情を使って、あの手この手で彼女に…