「双生児」 クリストファー・プリースト 著

双生児の兄弟と1人の魅力的な女性を巡る、多層的、幻想的、挑戦的な作品。

本書は全五部で構成されている。
第一部は1999年、ノンフィクション作家であるグラットンのもとに以前から興味を持っていたある人物の回顧録がその娘を名乗る女性から持ち込まれるところから始まる。
ある人物とはJ・L・ソウヤーなる男性で、チャーチルがその回顧録の中で、"英国空軍の操縦士でありながら同時に良心的兵役拒否者でもあるとはどういうことなのか?"と疑問を呈していた人物のことだ。
この回顧録はその疑問を解消してくれるのか…。


第二部は問題の回顧録の中身である。
回顧録はJ(ジャック)・L・ソウヤーの手になるもので、彼がオックスフォード大学在学中に双子の兄弟であるJ(ジョー)・L・ソウヤーとともに英国代表としてベルリン・オリンピックのボート競技に参加するためドイツに入国するところから始まる。
すでに戦争の影がちらつく中で開催された祭典で彼らは優れた成績をおさめ、ナチスの幹部であるルドルフ・ヘスと言葉を交わし、ヒトラー本人とも接近遭遇する機会を得る。
そしてドイツに住んでいた母親の知人の娘ビルギットを命からがら英国に連れ帰るという冒険まで。
ジャックもジョーもともにビルギットに恋をしていたのだが、彼女は一方と結婚し、双生児たちは仲違いをしてしまう。
そして、戦況が悪化する中、ジョーはロンドンを襲った爆撃によって死亡、ジャックの乗った飛行機も爆撃によって墜落、彼は負傷兵となる。
そして治療中のジャックはある時、ルドルフ・ヘスと思わぬ再会を果たすことになる…。


第三部は再び1999年、グラットンがようやくソウヤーの回顧録に取り組み始める。
彼は以前取材をしたサム・レヴィという元空軍兵士に連絡を取り、彼からチャーチルが言及したソウヤーは、自分と一緒に爆撃機に乗っていたパイロットのことだ、という手紙と、当時のソウヤーの様子とサムが彼に対して感じていた疑問について綴られた手記を受け取る…。


第四部はそのサムの手記だ。
戦時下でサムは陽気で腕の良い操縦士J・L・ソウヤーと出会い、彼と一緒の飛行機に乗ることに同意する。
しかしJLの行動には不自然な点が多々あり、サムは次第に彼の行動に疑問を覚え始める。
不自然な場所でのJLとの遭遇、奇妙な言動…不信感や違和感を覚えつつ、彼はJLとともに運命の出撃の日を迎える…。


第五部はJ(ジョー)・L・ソウヤーの日記や自筆ノート、当時の報道記事などで構成される。
良心的兵役拒否者として赤十字の仕事に関わるジョーは、偶然の成り行きからルドルフ・ヘスと再会を果たし、英独両国の極秘の講話作戦に関わることになるのだが…。


本書はなかなか手強い作品で、第二部を読んだところで、小さな違和感を感じつつ、なんとかある着地点に辿りついたような気がする…のだが、第三部から物語はガラリと違う貌を見せ、暴走し始めるのだ。
まるでぐにゃりと力任せに風景を歪ませたように。
可能性に次ぐ可能性。
瓜二つの双生児の仲違いをきっかけに、歴史はまるでそれ自体が意志を持っているかのように、さまざまなパターンを持った枝道をたどり、それぞれの道は似て非なる場所へと繋がっていく。
1999年のグラットンもまたその歪みから逃れられない。


ディティール描写がやたらと詳しく細かいので、ノンフィクションの戦争物を読んでいるかのようにふむふむと細部を詰めて読み進んでいくと、途中で「え?」とびっくりしてしまう。
「いったいどこからフィクションが混じってた?!」
虚が実の世界に絶妙にブレンドされているので、最後まで違和感なくすいすい読めてしまう、これこそがプリーストの罠。
彼は本書を書くために参考文献およそ120冊に目を通し、うち半数の60冊は熟読したという。


これだけリアルな質感を持っている作品でありながら、読者を夢の世界にも簡単に連れて行けるなんて、まるで魔術師のような作家なのだが、なにしろクリストファー・プリーストといえば、クリストファー・ノーラン監督の「あの映画」の原作、「魔術師」の作者。
この映画について語り始めると、話は本書と「魔術師」の奇妙な相関関係やプリースト自身も双生児の父なんだよーとか、違う方向に広がってしまいそうなのだが、それは未読の方、映画を未視聴の方にとってはネタバレになりそうなので難しいところ。
いずれの作品も、絶対になにも知らずに見た方が数倍も面白いと思う。
だから数年前に読んだ時には本書については何にも書けないよーと諦めていたのだが、今回機会があり、もどかしいながらも書いてみた。


おそらくこれを読んだだけではさっぱり分からないと思うのだけど、第二次世界大戦に興味のある方、ヒトラールドルフ・ヘスチャーチルが登場する「あったかも知れないさまざまなパラレル歴史秘話」と聞いて口がニンマリしてしまう方には是非読んでいただきたい。
ただ、出来ればあとがきにもあるが、歴史A、歴史B 、あるいはA’、B’とメモを取りながら読んだ方が良いかも。
でないと、2回も、3回も、頭をひねりながら読み直してしまうことになるから…私のように。
プリーストの持論は「読書は受動的な娯楽ではなく能動的な営みだ」だという。
その言葉が、骨身にしみる作品である。