映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」

ふと思い出した。
ずっと頭の隅に引っかかっていた言葉。
「みんながみんな、あなたのように強い人間じゃないのよ」
数年前に同僚に言われたこの言葉を、映画を見終わって思い出した。
違和感を感じて、いや違う…と言いかけて、言葉を探すうちに別の話題に切り替わり、宙ぶらりんのまま「強さ」についての考察は、強い人間が弱い人間に強さを求めるのは生まれつき弱い人間に対しては傲慢であるという結論で終了してしまった。


さて「マッドマックス」。
この作品は30年ぶりの復活の4作目なのだが、ストーリーは前3作を観ていない初見の方でも違和感なく楽しめる。
何度か前作のエピソードが時折主人公マックスの回想としてフラッシュバックするシーンがあるのだが、それはマックスの異常な精神状態の表れとも言えそうな表現だ。
まるで、本作で主人公マックスは、混沌とした異世界の中に突然放り込まれた現代人であるかのように、わけのわからない人々とルールに翻弄される狂言回しのような役回りになっている。


ストーリーの軸は、世紀末の荒廃した世界でわずかなガソリンと水と食料を独占しているイモータン・ジョーと、彼の子どもを身ごもり、その支配下から希望の地へと逃れようとする5人の花嫁たちとそれを助ける隻腕(オートメイルのようだ)の女性将軍フュリオサの逃避行だ。
健康な身体を持つ花嫁たちはこの混沌とした世界の中では貴重品であり、行く先々で面子を潰されたジョーと彼の部下のウォーボーイたち(「ジョーのためなら死ねる!!」みたいな)が彼女たちを執拗に追いかけ、そこに巻き込まれるのはマックスと、手柄と死に場所を求めるウォーボーイのニュークスだ。
最初はフュリオサに頼りきっていた花嫁たち、そしてジョーのために死ぬことにしか生き甲斐を見出せなかったニュークスが、この逃避行を経るうちにそれぞれに変わり始める。
窮地の連続で人間は変わり続け成長する。
ストーリーは寓意にも満ち、まるで神話か英雄譚のようで、ラストではフレイザー金枝篇が思い起こされ鳥肌が立ってしまった。


強さってなんだろう。
力とか、体の大きさとか、頭脳とか。
相対的に他人と比べて計ることのできる強さのことならよくわかる。
私たちはスポーツも、試験も、人生の場面場面で何度も競争と順位付けを経験してきたから。
おそらく同僚の言った強さはこちらの強さのことなんだろう。
比べれば違いの分かる、生まれながらにそれぞれが持って生まれた、性別など生来の身体的条件によって与えられたいわば不公平な強さ。


当初マッドマックスの世界を支配していたのはこの強さで、女性に比べれて腕力が強い男性たちが食料や水、そこに住むすべての人の生殺与奪権を握っている。
同じ男性でも汚染され病んだ男性はその世界では「ウォーボーイ」として使い捨てにされているし、流れ者であるマックスは輸血用の血液袋としての価値しかない。


だけど映画が進むにつれ、思わぬ強さが発露する。
女性であるフュリオサや花嫁たち、流れ者のマックス、死にかけたウォーボーイが思わぬ知恵と勇気を出し始めるのだ。
それは、一人一人の人間が大切な自分の尊厳や生命、愛する人を奪われまいとする時に、追い詰められながら発揮する種類の強さだ。


映画を観ているうちに、なぜ「みんながみんな、あなたのように強い人間じゃないのよ」という言葉に違和感を感じ続けていたのか、やっと分かった。
強さには、誰かや何かと比較して語ることのできる強さと、他者との比較や強い人弱い人という二元論で語ることのできない強さというものがあるんだ。


スッキリしたら、ふともう一つの強さにまつわる思い出を思い出した。
子どものころ夏休みに親類の家に行き、年上の従兄弟たちと遊んでいたら、泣き虫の弟が足手まといになってきた。
なのに誰もが私に「弟を守ってあげなさい」と言うのが不公平に思えて、私は怒りを爆発させた。
「なんで私が◯◯の面倒をみないといけないの?弟だから?不公平だよ」
私の言葉に親類のお姉さんはこう言った。
「強い人はね、弱い人を守るために強く生まれたんだよ」


なんだか分かってきた。
つまり、私が強さの伝え方を間違っていたのかもしれない。
他人に強さを発揮せよと言う前に、自分の強さをまずその目的のために十全に発揮すべきだった。
そして強さについて誤った伝え方をすると、時に誤解や傲慢のそしりを受けることがあるということもまた学ぶべきことの一つだったのだ。
そして、強さは孤独を伴い、その孤独は強さを持つ者がその資格を有するかどうかを測る試金石であるということも。
弱い人々を守ろうとするフュリオサの強い目。
映画の中でその視線は、行く手にどんなに厳しい予感を感じていても逸らされることはなく、最後まで決して揺るぎなかった。
そうなんだ、強さとは覚悟でもあるのだ。

メイキング・オブ・マッドマックス 怒りのデス・ロ-ド

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