「宇宙飛行士が教える地球の歩き方」 クリス・ハドフィールド 著

油井さんの任務の成功と無事の帰還を祈りつつ、この本を読み返した。

油井さんを乗せた宇宙船ソユーズが、無事にISSにドッキング成功したというニュースに「宇宙飛行士選抜試験」と本書を読み返した。
新聞記事やニュース記事で油井さんは「夢をかなえた」のだという言葉をたくさん見たのだけれど、この2冊の本を読んで感じたのは、夢をかなえるということは、ただただ思い続けるとか信じるというだけではない、綿密な計画と、健全な精神と、健康な肉体を必要とする作業であるということだ。


著者は、カナダ人として初めて国際宇宙センター船長を務め3度の宇宙飛行を実現、国民的英雄となったクリス・ハドフィールド氏。
そして本書は、彼が宇宙飛行士になった経緯、そののちの訓練や宇宙での仕事ぶり、そして(実はこちらの方がずっと重要でページ数も割かれているのだけれど、)よき地球人として生きる彼なりのルールについて綴ったものだ。
英雄なんだから威張っていたっていいのに、その語り口はユーモアとあたたかさにあふれていて、まるで隣に座っている人から優しく話しかけられているような気持ちになってしまうような心地よさ。


彼は、9歳の時にTVで月面にそっと降り立ったニール・アームストロングを見た瞬間、宇宙飛行士になることを決意したのだという。
彼の発想のユニークなところは宇宙飛行士になるためにはどうしたら良いか、とは考えず「宇宙飛行士になるような人は9歳の時に何をするだろう?」と考えたこと。
そして彼はそれを想像して、まったく同じことをしようと決める。

その日の夜から、僕の夢は人生に方向性を与えてくれた。当時、僕は九歳だったけれど、自分には色んな選択肢があって、自分の決断がものをいうとわかっていた。毎日何をするかで、自分がどんな人間になるかが決まるんだって。

その後、彼は高校を卒業すると軍事大学に志願、戦闘機パイロット、テスト・パイロットの経験を経て、カナダ宇宙庁の宇宙飛行士テストに合格する。
実は、ここまでの話が28ページである。
本書の最終ページが359ページであることを考えると、宇宙飛行士試験に合格するまで、というのはあくまでも宇宙飛行士という任務を全うするという仕事の前には、あくまでもほんの序章に過ぎないことが分かると思う。


宇宙飛行士試験に合格したからといってすぐに宇宙に行けるわけではない。
この辺りの難しさは「宇宙兄弟」などを読んでいるとよくわかる。
宇宙に行くためには、その後何年も訓練と技術の習得を積み重ねることが必要で、そのためには勉強を繰り返す必要があり、現にクリスも11年間もの地上勤務の経験があり、その間彼の家族たちも故郷を離れクリスとともに訓練地での生活を送らなければならないのだ。
そして、長期間の滞在が可能になった現代のNASAにおいて、宇宙飛行士に求められるのはタフさだけではなく、「他人と仲良くやれる人間」であること。
そのためには誰よりも優秀であると同時に、誰からも尊敬と好意を持たれることが必要となる。
知性と体力と人間性と。
ハードルはどこまでも高い。


本書を読んでいると、クリスにとっての夢をかなえるということが随分とシステマチックであることに気づく。
人は感情によって行動を決定するのだけれど、一方でクリスが宇宙飛行士になった過程を見ていると、彼のやり方は行動をコントロールすることによって感情をコントロールすることであり、それは夢をかなえる場合にもピンチを脱する場合にも通徹している。
夢とか希望とか、そんな言葉を聞くとそれなりに胸熱でいい気分になるのだけれど、なんだかウソくさい気がしてしまう私には彼の方法論は共感できるところが多かった。
そういうと理性的でおかたいイメージを持たれるかもしれないけど、彼が宇宙ステーションで歌った「スペイス・オディティ」(映画「LIFE」でも印象的だった!)動画は、現時点でyou tubeの視聴回数は2608万回!Twitterのフォロワー数は140万人!である。
彼がいかに親しみやすく、愛されている宇宙飛行士であるかが分かるのではないだろうか。


何年もの間、地味な訓練と勉強を続け、さらに生活全般を通して常に人間性を問われる生活。
栄光の日々のすぐあとには、また毎日ゴミ出しを行う生活に戻るそのギャップ。
それらに押しつぶされてダメ人間になってしまわないための心の在り方。

謙遜の心を大事にすること。そして謙遜が与えてくれる広い視野も。

宇宙にいても地球にいても、彼が目指す「よき宇宙飛行士であること」はよき人間であることと同義なのかも知れない。



宇宙飛行士が教える地球の歩き方

宇宙飛行士が教える地球の歩き方