「注目すべき125通の手紙」 ショーン・アッシャー 編

読ませていただいて申し訳ありません。そして、読ませていただいて本当にありがとうございました。


気づけば最近「手紙」がらみの本を手にすることが多いなあと思いつつ、知人から勧められた本書について。
まず最初に言っておきたいのは、本書はとても重い!そして大きい!ということ。
本を図書館に予約し気軽に取りに行った時、約20×28のずっしりとした固まりを笑顔の司書さんに「はい」と手渡された時の「ひいっ」という心の叫び。
いやしかし、これは「T・S・スピヴェット君 傑作集」(1、2kg)の時も、「ワイルダーならどうする?」(1.1kg)の時も味わった、いつか来た道…。
今回は記録更新、1、4kg…腱鞘炎などに悩む方はお気をつけください。


しかしながら、本書はそんな思いをしても読む甲斐はある。
有名人から無名の人物まで、世界各地の、各時代の人々が出した手紙、それを実物大の原本の写真とともに見ることができるという充実の一冊。
手紙は確かに原本にこそそのエッセンスが詰まっている。
便箋のシミやしわに、ミスタッチに、美しい筆跡に、悪筆に、添えられたイラストに、本文の脇に書き込まれたハートマークに、差出人の(そして時には受取人の)人となりや本音が自ずとにじみ出ているのだ。
このエッセンスを味わうためには、やはりこの大きさ、この重さで出版せざるを得ないのだろう。


編纂者ショーン・アッシャーは「多くの人に読まれる価値のある手紙を紹介すること」を目的にウェブサイト「Letters of Note」を立ち上げたという。
本書はそのサイトで4年間に集めた手紙、メモ、電報の集大成だ。
差出人の名前を見てみると、エリザベス2世切り裂きジャックルイ・アームストロングレイモンド・チャンドラーキャサリン・ヘプバーン、J・F・ケネディベートーヴェンなどなど。
また受取人も、アイゼンハウワー大統領、アンディ・ウォーホルウッディ・アレンニクソン大統領、アメンホテプ4世、フランク・ロイド・ライトらが名を連ねている。
一方で、無名の人々が差し出した、または受け取った手紙も多数収録されているのだが、これもまたどれも味わい深く、時の流れの中に埋もれてしまったであろう人々の「その後」に思いを馳せずにはいられない。


いずれの手紙も、その時代の空気、熱気や失望や希望などを伝える歴史的な資料として貴重なものであるが、個人的に心に残ったのは…
リンカーンに「ひげを生やしてください」と提案した11歳の少女の手紙とリンカーンの返信のチャーミングさ!
スター・ウォーズ」撮影中にアレック・ギネスが親友に出した手紙…彼は新人だったハリソン・フォードの名前がなかなか出てこない!あはは。
スタインベックから14歳の恋をしている息子に宛てられた愛についての素晴らしい助言の手紙はまるで小説のよう。
ヴァージニア・ウルフが死の直前に夫に宛てて書いた最期の手紙は、精神の病に囚われた人特有の緊張が漲り、どうしようもない哀しみと精一杯の愛情にあふれ、胸が苦しくなる。
作家E・B・ホワイトが「人類の未来は暗いと思われるが意見を聞きたい」と言う知人に書いた手紙は、短いながらも私たちが生きていくべき理由を簡潔に伝えてくれる。
ドストエフスキーがギリギリの瞬間に死刑を免れて、直後に兄に宛てて書いた手紙には生きていることの喜びと新たな人生への決意に満ちている。
そして、オスカー・ワイルドの筆跡、好みだなあ。


総務省のサイトで調べてみると、平成25年度の引き受け郵便物数(荷物除く)は189億件、5年前の220億件と比べると明らかに減少している。
近未来を描いた映画「her」では主人公が手紙の代筆を生業にしていたし、さっきTwitterでは「恋人に別れを告げる勇気がない人のためのメールサービス、たった530円」が話題になっていた。
メールやSNSの普及は、人に言葉を伝える垣根を低くしてくれたような気がする。
ただ自分の文字で、変換候補に出てくる言葉ではなく、自分の脳みそを振り絞って生み出した言葉で書かれた手紙に比べると、それはやはり薄味な気がしてならない。


125通の手紙を最後まで読んで考えた。
どの手紙も、それぞれがドラマを、人の心を打つ力を確かに持っている。
その理由は、これらの手紙が、いずれ公表されるとは知らない差出人たちによって、その日その時、受取人のことだけを思って真摯に書かれたものだからではないかと。
だから差出人に、受取人に、思った。
読ませていただいて申し訳ありません。
そして、読ませていただいて本当にありがとうございました。


注目すべき125通の手紙:その時代に生きた人々の記憶

注目すべき125通の手紙:その時代に生きた人々の記憶