「神話の力」 ジョーゼフ・キャンベル &ビル・モイヤーズ

私たちは、一人一人がルーク・スカイウォーカーであり、それぞれが自分の「デス・スター」を探して旅をしているのだ。

ファンボーイズ」という映画をご存知だろうか?
余命3ヶ月の宣告を受けたもと同級生のため「スター・ウォーズ」ファンの仲間たちが、公開まで半年もある「エピソード1」のフィルムを盗み出そうと、ルーカスの本拠地、スカイウォーカー・ランチを目指してアメリカを横断するというロードムービーだ。
映画からあふれるのは「スターウォーズ」愛。
なぜだろう、「A long time ago in a galaxy far,far away…」という文字があの曲とともに流れると、どきどきして、ワクワクして、泣きたくなってしまうのは。
どうしてだろう、この映画が全世界でヒットし、今も新しいシリーズの開幕をたくさんの人が待っているのは。


本書、「神話の力」の対談が行われているのが、そのスカイウォーカー・ランチだ。
1985年から1986年に、こことニューヨーク自然史博物館でジョーゼフ・キャンベルとビル・モイヤーズの対談が行われ、延べ24時間に及ぶ撮影を6時間のTV番組に編集、それをもとに作られたのが本書なのである。
なぜ、米国を代表するジャーナリストであるモイヤーズと世界各地の神話と文化の権威キャンベルという二人の対談がスカイウォーカー・ランチで行われたかと言うと、ルーカスがキャンベルの親友だったという点の他に、「スター・ウォーズ」が、キャンベルのいう「神話」の本質を顕した作品だったからだ。


さて、本書の主なテーマは「神話」だ。
世界中の民族が持っている神話には、それぞれ共通点や重複するテーマが見られるという。
創世神話、母なる大地、英雄たちの冒険、死と復活…。
儀式もまた神話のもう一面であり、少年少女が大人になるために課される試練、イニシエーション儀礼はよく知られている。
キャンベルは少年時代から古今東西の神話に魅せられ、「霊魂や精神についての膨大な文献のあいだを渡り歩き、サンスクリットで書かれたヒンズーの聖典を翻訳することさえあり、古代人の知恵の宝庫に加えるべく、近代や現代の物語をも収集し続けた」のだという。
とても彼の全思想を理解したり、本書のすべてを消化し紹介することはできないが、本書で彼が神話の機能として挙げたさまざまなものの中からある二点について私なりに感じたことを書いてみたい。


その前に、まず キャンベルがいう「神話」とはなにかを確認したい。
キャンベルは本書で何度か神話について定義する。

神話というものは詩魂の故郷であり、芸術に霊感を与え、詩を鼓吹するものだと思います。人生を一編の詩と観じ、自己をその詩の参与者と見なすこと、それが私たちにとっての神話の機能です。

神話は世界の夢です。元型的な夢で、人間の諸問題を扱っています。

神話は、もしかすると自分が完全な人間になれるかも知れない、という可能性を人に気づかせるんです。

これらの言葉は私にさまざまなインスピレーションを与えてくれる。
キャンベルの使う言葉こそがまるで詩のようだ。


では、本書であげられた神話の機能の一つである、世界との向き合い方を学ぶことについて。
人は人生の中で、ときに自分をつまらない存在である、まるで一握りの主役がいて、自分はその人たちを引き立てる脇役に過ぎない存在であると感じることがある。
自分が世界に対して行っている行為はなんの意味も持たないものである、と。
けれど、インディアンの賢人、ブラック・エルクが幻視した「あらゆる線がそこで交差する輝く地点がある」という言葉を引用してキャンベルはこう言う。

それこそがまぎれもなく神話的な自覚です。…世界の中心はアキシス・ムンディ、つまり中心点、万物の回転軸です。世界の中心は、静止と運動とが共存しているところです。運動は時間ですが、静止は永遠です。自分の生のこの一瞬が実は永遠の一瞬であることを自覚し、時間内で自分が行っていることの永遠性を経験する。それが神話的な自覚です。

そしてキャンベルは宣言する。

あなたは世界の中心にある山だ。そして中心の山は至るところにある。

神話は私たちに、自分こそが世界の中心であり(ただし他人もまた中心であることを忘れないこと!)、永遠を経験することさえ可能だと気づかせてくれるのだ。



そしてもう一つの機能、人生の目的を自覚することについて。
キャンベルはこう語っている。

私が一般論として学生たちに言うのは、「自分の至福を追求しなさい」ということです。自分にとっての無上の喜びを見つけ、恐れずにそれについて行くことです。

そしてモイヤーズの「自分を救う旅に出かけるんですね」という言葉にこう続ける。

しかし、そうすることであなたは世界を救うことになります。生き生きとした人間が世界に生気を与える。これには疑う余地はありません。生気のない世界は荒れ野です。

冒頭紹介した「ファンボーイズ」では、登場人物の一人が友人に向かってこう言う。

「お前は、お前のデス・スターを見つけるんだ」

自分の至福を見つけること、そして世界に生気を与えること、その結果、自分を救い同時に世界を救うこと。
私たちは、一人一人がルーク・スカイウォーカーであり、それぞれが自分の「デス・スター」を探して旅をしているのだ。
多くの人がスター・ウォーズにときめく理由はそれだ、と私は思っている。


本書は学術書とは異なり、まるで太古の昔、智慧にあふれた長老が焚き火を囲む若者たちの質問にキャンベルが蓄えたさまざまな智慧をやさしい言葉で語る、そんな本だ。
キャンベルは、ジェイムス・ジョイスカリブー・エキスモーのシャーマン、イグジュガルジュクたちと焚き火を囲んで一晩ゆっくり語り合うことを夢見ていたという。
いつか、彼の言う〈向こうのどこか〉、そんな場所に行くことがあれば、私は焚き火の片隅でキャンベルおじさんの語る英雄譚や彼とさまざまな時代の賢人たちとの会話に耳をすませようと思っている。
そこにはきっと、河合隼雄さんあたりもいそうな気がするなあ。


そして現代でもインターネットという場のところどころ、新たな神話を求める者たちによっておこされた焚き火の前で、人は語り合い、聴きいっている。
キャンベルが認めたように、いつの世も「人々は世界とうまく折り合いをつけるために、自分の人生を現実と調和させるために、物語を作ったり、語ったりする」のだから。
本書は、そんな人々の助けとなる一冊であると信じている。

神話の力

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