「定職ををもたない息子への手紙」 ロジャー&チャーリー・モーティマー 著

職を転々とする息子に送る25年に渡る父からの手紙。退学した息子に喝を入れ理想を語る悲痛な手紙が、やがて「生きているようで何よりだ」にまで行き着く過程は、同じ親として涙と、そして笑いを禁じ得ない。
父のところに行くと、必ず帰り際に2度も3度も繰り返し「運転に気をつけて」「体に気をつけて」「家族仲良くしろよ」と声をかけられる。
私なら「次はいつ来るの?」とか「◯◯を持ってきて」とか注文をつけそうなものだが、父が口にするのはいい年をした娘の身の心配ばかりだ。
自分は長期入院して数ヶ月前にやっと退院したばかりだというのに。


本書は、題名そのままに、職を転々とする息子へ、1967年から25年間に渡って書かれた父親からの手紙とそれに対する息子のコメントで構成されている。
問題の「息子」はチャーリー・モーティマー、この本の著者である。
著者紹介によると、彼はまずイートン校を退学後、自動車修理工、ナイト・クラブ・オーナー、ペンキとセメントのセールスマン、農業労働者、建設労働者、塗装工・および装飾工、不動産業者、不動産開発業者、石油採掘現場作業員、ポップス・グループのマネージャー…。
まだまだリストは続くし、父からの手紙によるともっと危なっかしい仕事もしているうえ、警察のお世話になったことも1度や2度ではない、まあ…一言で言えば「ドラ息子」である。


一方の父親は、ロジャー・モーティマー。
彼は英国競馬の解説者であり、競馬界の名士が名を連ねるターフ・クラブにも所属し、サンデー・タイムズ紙に競馬解説を寄稿したり、BBCのコメンテイターも勤めていた人物。
まさに「名士」という印象で、手紙に書かれた家族の日常生活を読む限り、モーティマー家はおそらくは中流階級以上であると思われるのだが、しかし彼が息子に宛てた手紙には「破産寸前」だの「電話の請求書を同封する」だの、世知辛い内容が多い。
しかしこれはどうやら生来の性分らしく、6月半ばに防寒の心配をするほどの厭世家というロジャーの手紙は他にも自虐ネタ、家族や親類、近所の皆さんへの辛辣なコメントに満ちている。

フットボールに喩えるが、ここ七年、お前は来る日も来る日も自分のゴールに向けてボールを蹴り続け、今チームをクビになりかけているところだ。

サンデー・エクスプレス紙に掲載されていた、ブー叔母さんの記事はもう見たか?「元女優」と書かれていた。あれは絶対に自分で書いている。

元気にしているか?つまり(A)億万長者にはなれそうか?(B)今にも破産しそうか?(C)詐欺特捜班に追われていないか?(D)私のように貧乏街道を静かに走っていないか?


チャーリーには彼の姉、妹もいるのだが、この2人もかなり自由気ままに育っているようだし、妻ニドノッドは奇行と言っても良いほどの突飛な行動やアルコール摂取にまつわるトラブルを次々に巻き起こし、ペットたちまでもが次々と粗相を繰り返す。
まったくモーティマー家ときたら。

母さんが酒という名の流動食だけで生活しようと心に決めたらしく、おかげで悲惨な出来事が起こった。ある夜、あいつめ私の食料を車に載せると、貧しい人たちに配るのだと言って走り去ってしまったのだ!

まるでドタバタコメディの連続ドラマを観ているようで、次の手紙が待ち遠しい。
こんな環境の中で淡々と仕事をこなし、住まいと職を転々とする息子に自虐ネタと家族や近所の皆さんのゴシップ満載の手紙を出し続ける雄々しいお父さん、本当にステキです。


父親の心配をよそに、次々に「よりによってそれを…?」としか言いようのない仕事に転職するチャーリー。
最初は呆れて注意をしていたロジャーも、やがてチャーリーが「新しいビジネスを思いついたんだ」と言うと、こう言っていたそうだ。

「頼むからそんな話を聞かさないでくれ。聞いたが最後、きっと笑いが止まらなくなってズボンのままお漏らししてしまうからな!」


だけど、心配していないわけじゃない。

いつでも幸せであってくれたらと願っている。お前が肥溜めに落ちたなら、この手で引っぱり上げてやろうと思っているよ。

さんざん笑った後でなんだかホロリとしてしまう。
それは父と別れた後に感じる感情と似ている。
なんて名前をつけたらいいのかわからないけれど、心の底からぽこぽこと湧き上がるお湯のように温かい感触、それは大切な子どもの人生が最良のものであるようにと願う素朴な祈り。
多分、チャーリーも私と同じように、このくすぐったいような感触を感じていたのではないかと思うのだ。
だって、どんな仕事をしていようと、どこに住もうと、チャーリーはこうして父親から届いた手紙を25年間、大事に保存していたのだから。


父親も息子もともに年を取り、手紙にも互いの健康について割かれることが多くなる。
やがてロジャーはこう綴る。

先日はお前が元気そうにしていて嬉しかった。あまり働きすぎるな。

あとがきによると、1952年生まれのチャーリーは今も定職にはついておらず、現在の肩書きは「中年の怪しい商売人」(ほぼ引退)らしい。


定職をもたない息子への手紙

定職をもたない息子への手紙