「静かな炎天」 若竹 七海 著

20代のフリーターだった葉村晶も40代となり、ついに本書では四十肩に。読者も一緒に年をとる人気シリーズ。できれば最後まで伴走したいと思っているのだが。
本書の主人公、葉村晶(あきら)は、1996年から現在まで、著者の短編、長編作品で活躍しているシリーズの女性探偵だ。
初登場時は20代のフリーターだった彼女だが、やがて探偵事務所に勤め、退社してフリーの調査員となり、書店でアルバイトなどをしながら、やがて40歳を過ぎ住宅街のミステリ専門書店〈MURDER BEAR BOOKSHOP 殺人熊書店〉の2階に正規の探偵事務所を構える(←今ココ)までになっている。
当然読者の私も一緒に歳をとって来たわけだが、本書ではとうとう彼女が四十肩に悩む姿を見ようとは。


40過ぎの女性探偵、というとサラ・パレツキーV・I・ウォーショースキーシリーズなどが思い浮かぶのだけれど、葉村晶はヴィクに比べるとかなり対照的である。
空手の名手というわけでもなく、スーツ着てブルーノマリの赤いハイヒールを履くできる女という雰囲気もなく、事件に絡んで素敵な男性とロマンチックな関係に陥るということも残念ながら、ない。
(ただ決して自分では望んでいないのに何かと事件に巻き込まれる体質で、そのたびに満身創痍でボロボロになってしまうところは似ているかも)
どう見てもかっこよさでは負けている、けれど、私が万が一、探偵を頼むとなったらならきっと葉村晶を選ぶだろうと思う、たぶん。


本書では7月から12月まで、毎月一つずつ葉村晶が関わった六つの事件の顛末を描く。

「青い影」
暴走ダンプがバスに衝突する瞬間にたまたま居合わせた晶。
彼女が目撃したのは、被害者の車からバッグをするりと持ち去る女の姿。
彼女は一体何者なのか、一人その行方を探す晶は近辺を騒がす空き巣事件に遭遇し…。

「静かな炎天」
不思議にもご近所さんたちから次々に舞い込む事件の依頼。
おかげで真夏の暑さの中で大忙しの毎日を送る晶だが、なぜか事件は次々にバタバタと片付いてしまい、ふと気づくと…。
四十肩はこの作品の中で発症。

「熱海ブライトン・ロック」
復刻本の売り上げ増を狙う出版社の依頼で、35年前、熱海で行方不明になった小説家の謎を探る晶。
かつての彼を知る、かなり個性的な人々を訪ね歩き、晶は35年前の事件の真相に肉薄するのだが…。
快方に向かっていた四十肩はこの事件で再発。

「副島さんは言っている」
店番と倉庫整理で忙しい中、突然晶にかつて勤めた探偵事務所の同僚から電話が。
彼はどうやら立てこもり事件の現場から電話をしているらしく、ある殺人事件のことを調べるように晶に頼むのだが…。
四十肩はこの作品中でもまだ完治していない。

「血の凶作」
著名なハードボイルド作家、角田港大に頼まれた不思議な事件。
彼の戸籍抄本を身分証明に使っていた見知らぬ男が火事で死んだのだという。
死亡した男のことを思い出せない角田は彼の身元調査を晶に依頼、彼女は複数の死人候補者のもとに出向き、調査をするのだが…。
この複数の関係者のもとを訪ね聞き取り調査を行う、というのは本書の他の作品でも展開されるパターンなのだが、その中でもこれは特に晶のくたびれ損な感じが可笑しく、角田先生の愛すべきキャラもあって、私はとても好きな作品。

「聖夜プラス1」
ひょんな事から見つかったもみの木の下の白骨死体にギャビン・ライアルのあの名作の初版本が絡み、クリスマスイブというのに、サンタさながら届け物を抱えた晶があっちに行ったりこっちに行ったり。
怪我をした富山店長に代わり、晶は無事に初版本をクリスマスに間に合うよう店に持ち帰ることができるのか。


謎解きはもちろん、もう一つの楽しみは富山店長の開催するさまざまなブックフェア(「甘いミステリフェア」「サマーホリデー・ミステリ・ミニフェア」「風邪ミステリ・フェア」「学者ミステリ・フェア」などなど)。
ぜひこんなフェアをしている店が近くにあったら通いつめるのに…挙げられる作品は巻末で、今回も富山店長が解説してくれている。
しかし、富山店長は呑気にミステリ紹介なんてやっているが、晶が巻き込まれる事件の半分くらいは彼が原因だったりするので、いつか晶から鉄槌が下るのではないかと逆に店長のことが心配になる。
とはいえ、今回もちょっとソフトなハードボイルドを十分に堪能させてもらった。
読者も一緒に年をとる人気シリーズ、できれば最後まで伴走したいと思っているのだが。


静かな炎天 (文春文庫)

静かな炎天 (文春文庫)