「猟犬」 ヨルン・リーエル・ホルスト 著

「猟犬」は、とき放たれ、証拠をかき集め、犯人を追い詰める捜査官たちを象徴している。その猟犬の中に、もし誤った証拠を集めた者がいたとしたら?裏切り者がいたとしたら?



最近、ミステリ界では北欧ミステリが流行しているようだ。
スウェーデンのヴァランダー刑事シリーズ、「ミレニアム」シリーズ、デンマークでは特捜部Qシリーズ、フィンランドはレヘトライネンの「女性警察官マリア」シリーズ、アイスランドまで手を伸ばせばインドリダソンの「湿地」など。
そして本書はノルウェー発ということで、北欧5カ国を個人的にコンプリート!!となったちょっと嬉しい記念作。
しかし読後、改めて思う…北欧ミステリ侮りがたし!
もちろん粒選りの作品が紹介されているのだとは思うが、コンプリートの喜びとともに今感じているのは、まだまだ読まなきゃいけない作品が雪崩のように増えてくる恐怖…かも知れない。


さて、本書は前述のようにノルウェーを舞台にしたミステリで、主人公はヴィリアム・ヴィスティング警部。
オスロから南400km余り離れたラルヴィクという街のベテラン警察官だ。
そして今回の事件をヴィスティングとともに調査するのが、彼の娘リーネ。
彼女はノルウェー最大のタブロイド紙《VG》で記者を務めている。
本書ではこの2人の行動が交互に描かれ、それぞれ警察、新聞社の権力闘争や複雑な人間関係などに振り回されながら連続誘拐殺人事件の真相に迫っていくという構成になっている。


本書はヴィスティングの元に、服役をしていたある事件の犯人が再審を申し立てたというニュースがリーネからもたらされる場面から始まる。
ある事件とは17年前の若い女性の誘拐殺人事件で、再審を申し立てた理由は当時の警察が有罪の証拠をでっち上げた、というもの。
当時、この事件の捜査にあたっていた警察官のリーダーはヴィスティングで、彼はこの再審の申し立てによって停職に追いやられてしまう。
そしてこのスキャンダルをスッパ抜いたのはリーネの勤め先であるVG。
休暇中だった彼女は、父親の記事と差し替えられないかと、急遽タイミングよく起こった別の殺人事件を追う。
一方、ヴィスティングも濡れ衣を晴らすために17年前の捜査を再検討。
そんな中で、再びこの地で17年前と酷似した誘拐事件が起こる…。


とにかく最初から最後まで、スピード感のある描写に無駄のないストーリー展開。
章が変わるごとに事件が次々に新たな展開を見せ、おかげで読み始めたら途中で止められない。
題名の「猟犬」はとき放たれ、証拠をかき集め、犯人を追い詰める捜査官たちを象徴している。
その猟犬の中に、もし誤った証拠を集めた者がいたとしたら?裏切り者がいたとしたら?
またヴィスティング父娘のそれぞれのパートナーとの恋愛(ヴィスティング警部は妻と死別している)がストーリーに絡んできて、これまたどうなることかと心配になってくる。
犯人が、主人公の運命が、登場人物たちの関係が気になることこの上なく、通勤の電車の中、ご飯食べながらの昼休み、お風呂の中でものぼせそうになりながらフルタイムで、あっという間に読み終えた。


誘拐事件の捜査手法やその手順、ヴィスティングが受ける厳しい内部捜査のための特別委員会の追求など、警察の内幕の描写がリアルだなあと思っていたら、作者は元警察官とのこと。
どうりで。
父親と娘のコンビと言えばスウェーデンのあのシリーズを思い出すが、かなり屈折しているあちらと違って、こちらの方は冷静沈着な似た者同士の信頼関係で結ばれた父と娘だ。
この2人の繋がりの温かさが、陰惨な事件めぐって人間の暗部を描いていてもどこか安心して読んでいられる要因だと思う。
この作品は「ガラスの鍵」賞、マルティン・ベック賞、ゴールデン・リボルバー賞と北欧ミステリ界の栄誉ある三冠を受賞している。
シリーズ化されているそうなので、今後の続刊にも期待したい。



猟犬 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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