「カルニヴィア 2 誘拐」 ジョナサン・ホルト 著

ダニエーレが作り上げた仮想世界とは異なり、混沌とした現実世界の複雑な模様はまた、小説世界にも暗い影を落とす。カルニヴィア三部作の2作目。


1作目を読んだ時は主要キャラクターたちの設定が面白いなあ、イタリア、特にヴェネツィアの暗部の描写に魅かれるなあと思ったものの、続刊を読むかは微妙、と思っていた。
ところが先日、ネットで本書のそそられる評を読んだので、早速入手。
三部作の2作目って、最終話に向かって話は広がって収拾はつかないわ、「乞うご期待!」なクリフハンガー的終わり方するわ…とちょっと消化不良な感じを心配していたけど、その心配は 杞憂でした。
きちんと本書で起こった事件の始末はつけた上で、1作目から続く謎は深みを増し、主人公たちの運命はそれぞれに怒涛の展開を見せている。
三部作の最終刊は「必ず読む」リストに載せることを決めた。


初めての方に簡単な説明を。
本シリーズの主人公は次の3人。
イタリア憲兵隊の女性大尉カテリーナ。
イタリア駐在アメリカ軍の女性少尉ホリー。
そして、匿名SNS「カルニヴィア」を創設したダニエーレ。
前作で彼らは、ヴェネツィアで起こったある殺人事件をきっかけに命がけのトラブルに巻き込まれ、最後は組織のはぐれ者同士、奇妙な絆で結ばれる。
そして今作でも、米軍基地建設現場で見つかった古い人骨と駐在米軍の幹部の娘ミアの誘拐というまたもや危険な事件になぜか3人揃って巻き込まれていくことになる…。


前作でもそうだが、著者はカテリーナとホリーが優れた能力を持ちながら、男性中心の軍隊や警察においてハンデを背負い、自分の望む居場所や地位を築くことが男性に比べてより一層困難である様子を執拗に描く。
カテリーナへの異性の同僚たちからのイジメや男性上司からホリーへ投げつけられる侮辱的な態度や言葉は下らなすぎて虫唾が走る。
まあカテリーナの場合は、最も信頼する、そして男女関係を結んだかつての上司をセクハラで訴えるということまでやっちゃってるものだからその過酷さは倍増だ。
2人がそれらとどうやって戦うのかも本シリーズの見所なのだけど、今回は少女ミアと誘拐犯との心理戦もあり、このシリーズ、本当に只者ではない女たちばかりが登場して活躍してくれる。


一方のダニエーレ、幼い頃に誘拐され犯人によって両耳と鼻を削がれるという悲惨な経験を経て他人との関係に支障が生じており、前作の事件をきっかけにそこから抜け出そうとする彼が本書ではなかなか興味深い「リハビリ」を受けていたりして、ちょっと微笑ましい。
その彼が作り上げたネット上のもう一つのヴェネツィア、カルニヴィア。
この街はダニエーレが実物の寸法を測り完璧なレプリカを作り上げた本物そっくりの3Dワールドで、利用者は皆、仮面を付けて匿名で情報を交換し合う。
前作でもそうだったのだが、私はこのサイトの描写がとても好きで、まるで自分も魔法にかかって別のヴェネチアにいるかのような錯覚を覚える。


そしてこのカルニヴィアが今回もまた誘拐犯の挑発や示威行動に利用され、ハッカーの攻撃を受けることになる。
引きこもりのダニエーレが自分のひそやかな楽しみのために作り上げた虚構の街。
その彼がカルニヴィアの全責任を背負っていつしか必死にその街を守るため戦う姿は、カテリーナやホリーが女性被害者を助けるために自らの組織や不正に立ち向かう姿と重なって、彼らがなぜ「仲間」となりえたかの答えが見えるような気がする。


先日、「CIAが拷問の実態を公表」のニュースが流れた。
この嘘のかたまりみたいな拷問マニュアルに現在世界中から批判が集まっているように、本書でもこれが誘拐犯のアメリカ批判の一因となっており、その拷問もどきは罪もないアメリカの一少女ミアに対して行われる。
改めて、アメリカのことはアメリカ以外の国の視点で描かれた姿を読んだ方が理解できると思う。
あとがきに、著者に対して「あなたはアメリカを批判しているのか」と尋ねたアメリカ人読者がいたとあったが、このような質問をすること自体がアメリカの人々のナイーブさのあらわれではないかしら。
(まあ、日本って素晴らしい系の記事やTVにホンワカしている日本人(私を含め)もおめでたさではいい勝負ですが。)
我が国においてもイタリアにおいても、かの国は重要な地位を占め、かつ愛憎相半ばする感情を持たれていることが浮き彫りになっていてとても興味深かった。


混沌とした現実世界の複雑な模様はまた、小説世界にも暗い影を落とす。

「美しくも混沌とした現実の世界はさらに混迷を深めて、しかも、ますます醜くなってきているの」


カテリーナがダニエーレに語ったこの言葉はまさに私が感じている現状そのもの。
さて、最終刊はこの混沌にどのような決着をもたらすのか、今度は楽しみに待っていようと思う。




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