「急に具合が悪くなる」宮野真生子、磯野真穂 著
本書は哲学者である宮野真生子さんと人類学者である磯野真穂さんという2人の学者の間で交わされた2ヵ月間(2019年4月27日の磯野さんの第一便から同年7月1日の宮野さんの第十便まで)の往復書簡を収めたものである。
女性2人の往復書簡と聞けば食べものや旅行のことなどを中心に展開しそうだが、今回の2人の話題の中心は宮野さんの病。
実は手紙を交わす当初から、すでに宮野さんは進行性の病によって「急に具合が悪くなる」可能性を主治医から警告されており、その事実が同じ歳、同じような環境にある2人の書簡に常に緊張感を与えている。
この往復書簡は、死に向き合わざるを得ない宮野さんがどのようなことを感得して、そしてそれを人にどう伝えるべきかという(書籍化されることは予定されていたので)疑問や迷いを磯野さんに問い、彼女の応えにまた宮野さんが思索を深めて改めて問う、という反復作業になっている。
あくまでも学者としての思考法を手放すことなく、ギリギリまで病と向き合いながら思索を深める宮野さんと、必死に自分なりの言葉で応えようとする磯野さん。
2人のやりとりは、友情とかそんなレベルではなく、専門分野は異なっても互いに学者としての誇りや探究心に満ち満ちていて、文字通り「真剣勝負」。
しかし宮野さんはもちろん、彼女の「痛みの中で死に接し言葉を求める」切実な思いに応えねばならなかった磯野さんはどれほどの覚悟をもって臨んだのだろう、と考えてしまった。
自問自答しても容易に出てこない言葉が、互いに尊敬し信頼する相手にぶつけることでまったく思いがけない反応となって跳ね返り、それを受けてさらに深まる思索と新たな発見…というこの往復書簡は、読んでいて震えが来た。
これほど刺激的なものを読むことのできた自分は何て幸せなことかと思う。
それは、さながらテニスや卓球の名選手が高度な技をかけ合いながら続ける美しいラリーのようで、観客は一瞬たりともは目が離せない。
宮野さんはだからこそ、最終書簡でこう言ったのだ。
「私は、出会った他者を通じて、自己を生み出すのです。」
死の直前まで私たちは新しい自己を生み出す可能性を持っているという力強い宣言。
死が近づいていても、人は思考することを止められない、いや、止めてはならない。
なぜなら人間は生きている限り枝分かれする「可能性」の中にいて、偶然と運命によって他者に出会い、自己を生み出し、世界を愛することだってできるから。
痛みと悔しさに耐えながら宮野さんと磯野さんの2人が本書を通じてそれを教えてくれた。