「家庭の医学」 レベッカ・ブラウン 著

 母親が病を得て亡くなるという経緯を「貧血」「転移」「嘔吐」「モルヒネ」などの医学的な用語の付いた章ごとに語られ、体裁はそう、まるで医学書のようでもある。

「家庭」という真綿に包まれたような曖昧で温かな空間に、突然「医学」が入り込んだ時、家族はどのような反応をして、どのようにその「医学」と関係を結び、馴染んでいくのかを段階を踏みながら描く。

 

病による身内の死、それは多くの人が必ずと言ってよいほど遭遇する体験ながら、同時に非常に個人的な体験でもある。

そしてこの体験の負担の重さは、精神的打撃を受けながら、一方で病院の手配や医療従事者との打ち合わせ、入院費の工面、自宅の片付けや相続などの事務処理というあくまでも冷静に対処すべき諸課題が並行して襲ってくるため、情念と冷静の2つに心が引き裂かれるところかもしれない。

その人に会う時は哀しみでいっぱいなのに、冷静に事務的な処理を進めている自分が無慈悲な人間であるかのようで、ふと我に返って罪悪感に苛まれるそういうことの繰り返し。

 

本書は極力ドラマチックな表現を避け客観的な観察者の視点で、死に向かう母親の様子を描写する。

でも客観的だからと言って悲しみが薄まるわけではない。

むしろ母親の呼吸する音まで聞こえてくるような透明な文章は、別れへのカウントダウンを刻んでいるかのように、正確で、それが一層哀しみを喚起させる。

著者は兄姉との関係が良く、皆が協力して愛情を持って母の看取りに参加している。

母や兄姉との思い出を交え、時折りユーモアをもって介護が語られるのが救いになった。

 

 

家庭の医学 (朝日文庫)

家庭の医学 (朝日文庫)