映画 「さざなみ」

映画の原題名は「45YEARS」。
45年という長い歳月をかけて、夫婦が築き上げてきた信頼と愛情に基づいた関係が、たった一通の手紙によってひびが入り、崩壊の危機を迎えるまでの一週間を丁寧に描く作品だ。


うーむ。
「ラスト15秒に世界が驚愕!」
とチラシにあったので、衝撃的なラストシーンを期待しながら観ていたのだけれど、え?あれ?いつの間にか終わってしまった。
その拍子抜け感も含めて、この映画に関しては、ラスト云々はちょっと違うのかとも思う。
最後に何か大きな出来事が突然起こるという怖さではなくて、たった一通の手紙によって45年積み重ねてきた2人の「関係」が1週間足らずで崩れていく、この映画の怖さのキモは人間の信頼関係の、愛のもろさではないかと思う。


ジェフとケイトは子どもはいないが仲の良い夫婦で、今週末には結婚45周年の記念パーティを開く予定だ。
その週の始まりである月曜日の朝、ジェフに一通の手紙が届く。
その手紙は、登山中に亡くなったジェフのかつての恋人カチャの遺体がクレパスの中で発見されたというスイス警察からの知らせで、その日からジェフは心ここに在らずという状態になってしまう。
自分と出会う前に亡くなったとはいえ、夫が取り憑かれた女性の影に不快感を拭えないケイト。
そしてそれに気づかないまま、彼女がもし生きていたら結婚していただろうなどと口にしたり、スイスへの旅を企ててしまうジェフ。
そしてケイトの心に生まれた小さなさざなみは、やがて大きな波となりジェフに対する不信や怒りへと変わっていく…。


映画の原題名は「45YEARS」。
45年という長い歳月をかけて、夫婦が築き上げてきた信頼と愛情に基づいた関係が、たった一通の手紙によってひびが入り、崩壊の危機を迎えるまでの一週間を丁寧に描く作品だ。
週末に向かうにつれ、夫を少しずつ見知らぬ他人を見るかのような視線で眺めるようになっていくケイト。
真正面から夫を見つめていた目が、横目で盗み見するように探るように見つめ始める、この妻役のシャーロット・ランプリングの視線の変化が、すごい。
美しい思い出とともに死んでいった過去の恋人に、この世のものではない者に、老いた妻が勝てるはずはない。
妻の敗北は最初から明らかで、だからこそ、彼女の抵抗や怒りがたまらなく哀しい。


一方、夫にとっておそらく過去の恋人は現在の生活とはまったく切り離された存在で、ただただ居心地の良い過去の思い出に浸ってしまっただけなのだろう。
映画評論家の町山智浩さんの解説では、この映画とレイ・ブラッドベリの「みずうみ」という短編との相似を指摘していた。
当初は、確かに、と思ったのだけれど、後日ゆっくり考えてみると、男性が過去の恋人を都合よく自分の感傷の道具にしてしまう「みずうみ」よりも、女性の側の視点を中心に描いていることに着目すると、アガサ・クリスティーの「春にして君を離れ」との相似をより感じる。
いくらともに長い時間を夫婦として生活していても、人は心の全部を夫や妻に明かすことなんかできないし、夫婦それぞれ人間として根源的な孤独から逃れることはできない。
結婚した当初、その事実からスタートしていれば、45年目にしてこんな幻滅を味わうことはなかっただろうに。


妻にとっては何だか身もフタもない言い方だなあ、けれど夫は気づいていないが、今回のすれ違いは夫にとっても致命的なものになるだろう。
だって、夫、妻のどちらにも、一度崩れた関係を再構築できるほどの時間はもう残っていないのだから。
本当の恐怖は、「他人」となった人と老後を迎えるこれから、本格的に始まるのだ。


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10月はたそがれの国 (創元SF文庫)

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春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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