「たたかうソムリエ」 角野 史比古 著

3年に1度のソムリエのオリンピック、世界最優秀ソムリエコンクール。本書は2010年に南米チリで開催されたこの大会に結集したソムリエたちの静かな、そして熱い闘いの記録である。



世界最優秀ソムリエコンクールという名前を聞いたことがあるだろうか。
国際ソムリエ協会が主催する3年に1度のソムリエのオリンピック。
かつて、このコンクールで優勝した日本人初の世界最優秀ソムリエ田崎真也氏は、著者に「なぜ世界中のソムリエたちがこのコンクールに情熱を燃やすのか」と問われてこう答えた。
「だって、優勝した瞬間、人生が変わるんですから」


本書は、NHK取材班の1人として2010年に南米チリで開催されたこの世界最優秀ソムリエコンクールに同行した著者が、出場した54人のソムリエ達の闘いを目撃した全記録である。


「ソムリエ」という言葉自体は、最近、フィクションの世界やニュースなどでもよく目にする。
ネットで検索してみると、野菜ソムリエ、だしソムリエ、日本茶ソムリエ、温泉ソムリエ、ミュージックソムリエなんて資格もあるようだ。
ちょっと軽々しく使われている感のあるソムリエという言葉だが、本来のソムリエとはレストランにおいて、料理に合うワインをお客様が選ぶための助言などを行う専門の給仕人のことだ。



漫画では一口飲むとピタリと産地、製造年を当てるという超人的なソムリエが活躍しているようだが、実際にはワインの選択肢というのは無数にあり、世界一のソムリエであっても全てのワインを特定するというのはまず不可能なのだという。


ソムリエにとって武器は舌と鼻と脳だ、と著者は言う。
まずは舌で5つの基本味を感じ分け、388種類のにおいセンサーで香りを嗅ぎ分ける。
そしてそれらの膨大な情報を処理するのは脳の役割なのだ。
しかし、いくら脳を訓練しても、過去に飲んだことのない初見のワインが出てきたら、それを当てるのは不可能だろう。
そのため、筆者が審査員に確認したところ、ブラインドテイスティングでは、総得点のうち「ワインの特定」には1/4が割かれ、残り3/4は「ワインの描写」に割かれるのだという。


ちなみにこの回の日本代表である森覚氏のブラインドテイスティングの一部を紹介すると


「最初に感じる香りは、強い、パワフルな果実の香りです。ブラックベリーや、ブルーベリー、そのジャムのような香りです。とてもスパイシーな香りもします。とてもスパイシーです。黒胡椒、そしてシナモン、たいへん複雑な香りです」
ここで軽やかにグラスをゆする。
「空気に触れて、香りが変わりました。マッシュルームのような複雑な香り。土のにおい。わずかにミントやメンソールも感じます。心地よい濃縮感があります」


他の出場者もまた、味とにおいを詩人のように多彩に表現する。


しかし、試験はブラインドテイスティングだけではない。
70問に及ぶ筆記試験(母国語ではない言語で受験しなければならない)、実際にお客様に接客するサービスの実技試験、スピーチ、ワインリストの誤りを指摘し葡萄畑の写真から産地を特定すること。
特に実技試験では不意打ちの罠が用意され、動揺した選手がどんどん落とされて行く。
単なるワイン当てクイズではない、まさに選手の全神経と感受性と表現力をも問われる試験なのである。


全世界から選ばれた選手たちそれぞれが、たくさんの背景と意気込みを持ってこの超人的な試験に挑む。
そこにドラマが生まれない訳がない!
クライマックスの3人の選手による決勝戦では、息をするのも忘れるほどの緊張感が全身を包み、ラストでは両腕に鳥肌が立っていた。


最後に。
この大会が開催されたチリは、本大会の1ヶ月半前に大地震に見舞われた。
葡萄農家の人々も大きな被害を受け、流れ行くワインを見ながら、強い喪失感に囚われたという。
その中で、

葡萄は生きているじゃないか。葡萄さえあれば、ワインはつくれる。

と、言える強さに、コンクールとは別の感動を覚えたことを記しておきたい。



たたかうソムリエ - 世界最優秀ソムリエコンクール

たたかうソムリエ - 世界最優秀ソムリエコンクール