「この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた」 ルイス・ダートネル 著

パンデミック小惑星の衝突で人類の大半が死滅し、文明が一旦滅びたあと。廃墟に立つ私たちは生き延びるためになにを始めるべきなのか。

以前、村上もとかさんの「仁」という漫画を読んだ時に「もし自分が過去の世界にタイムスリップしてしまったらどうしよう…」と考えたことがある。
医師である主人公と違い、私は例えば江戸時代に飛び込んでいったとしても何ら人の役に立つような能力はない。
おそらく見捨てられ朽ち果てる運命だろうと思うとちょっと悲しくなったが、実益を兼ねてWikiで日本酒、ワインの作り方だけは調べておいた。
何ごとにも万が一ということはあるし。


さてしかし、本書の場合は「仁」の場合よりもさらに過酷だ。
本書のいう「この世界が消えたあと」とは、パンデミック小惑星の衝突で人類の大半が死滅し、文明はいったん滅び(これを『大破局』と仮称する)、ごく少人数の生存者が生き残りをかけて廃墟から立ち上がり自分たちの手で一から文明を立ち上げる…そんな状況を想定している。

本書は生存者のための手引書だ。単に大破局のあとの数週間を、生きながらえることを念頭に置いたものではなくーーーサバイバル術に関する手引書ならすでに多数書かれてきたーーーむしろ、科学を応用した技術を使い高度に進んだ文明の再建を画策する方法を教えるものだ。


著者ルイス・ダートネルは、イギリスのレスター大学イギリス宇宙局の特別研究員で、火星における生命の痕跡を探すプロジェクトに参加しているという。
さらに科学の普及活動にも携わり、数多くの記事や論文で賞を得ている若手研究者でもある。


ロビンソンクルーソーと違い、大破局後の生存者にはさまざまなアドバンテージがある。
破局前に使用していた建物や器具は多少残っているだろうし、何よりも知識の宝庫、図書館がある(そう考えると、やっぱり紙の本には存在意義があると思う)。
しかし電気はない、離れた他者との通信手段はない、食糧もやがて枯渇するだろうし、移動手段も徒歩、自転車などの人力頼りだ。


だから著者は、まずは大破局後すぐに必要となるような、安心して飲める飲料水の作り方、穀物の種の保存場所や栽培方法、燃料・電気の作り方などという基本的な知識を伝授する。
水ひとつとっても、人が安心して飲めるようにするためには面倒だが必要な手順を踏まなければならないのだ(このあたりは「火星の人」を思い出す)。
そして更に、本書は一人でも多くの人類が「生き残る」という課題をクリアしたあと、彼らが次に必要とするであろう食品の保存や加工の方法、製鉄の方法や動力装置の作り方、医療行為の基本や薬品の作り方などに筆を割く。
素人でも、文系でもわかるように解説され、どの道具も手近にある材料を使って作ることのできるように工夫されているので、生き残った人々もおそらくこの本と膨大な参考文献があれば、大破局後の世界で活路を見出すことができそうだととりあえず安堵する。


引用文のとおり、著者がこの本を書いた目的は、読んだ人がマッドマックス的世界でただ生き残るためだけではなく、大破局前まで築き上げてきた科学文明を、確実に次の世代の人類に繋いでいくことだ。
思えば、私たちの便利で快適な今の生活も、先人たちの発見と試みと失敗と小さな成功の積み重ねから出来上がったものである。
けれど、彼らの地道で貴重な知識の集大成を、私たちは毎日なんて無造作に使い捨てていることだろう。
そもそも大破局が起こる前に、総力を挙げて人類はそれを防ぐ努力をしなければならないのだけれど、現実には、科学文明は人類の互いを滅ぼし合う道具に使われていたりする状況だ。
大切な日常が少しずつ失われていくような予感がする今日この頃。
貴重な知識満載の素晴らしい本なのだけれど、できれば本書が生き残りの人々のよすがとなってしまうような未来が来ないことを切に切に願う。


この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた