「ピクサー流 創造するちから」 エド・キャットムル 著

「創造する企業はけっして進化を止めてはならない」ピクサーは「変わり続ける」ことで成長し続けるのだ。
昨年末「ベイマックス」が公開されたが、ネット上では映画の公開直後から好評コメントがあふれ、「日本のアニメは終った」という極端な意見まで散見された。
その是非はともかく、一時は凋落したかに思えたディズニーアニメの復調は確かなようだ。
どうして一度は深刻な事態に陥っていたディズニーアニメが「塔の上のラプンツェル」「アナと雪の女王」「ベイマックス」と次々にヒット作を連発し復活を果たし得たのか。
そのきっかけは2006年のピクサーによる買収にあった、という結論に、ほとんどの人は異論はないだろう。


そのピクサーの共同制作者であり、ピクサー・アニメーション、ディズニー・アニメーション両社の社長を務めるエド・キャットムルが「優秀で野心的な社員同士がどうすれば効果的に仕事ができるのか」を40年近く考え続けた末に見つけ出したマネジメント手法を紹介するのが本書である。
ビジネス書や自己啓発本は時に退屈な講義のようでちょっと敬遠しているのだけれど、本書はたまたま書店で終章を立ち読みして衝動買いをしてしまった。
けれど意外にも、最初から読み始めると、止まらない。
勢いこんで頁をめくり、気になるところにカラーのポストイット貼りながら読んでいたら、本の天に大量のカラフルな旗が立っているのに気づいて止めた。


内容は、エド・キャットムルが生まれてからコンピューターに関わるようになった経緯と、ルーカス・フィルム内でCGなどの特殊効果部門の担当となり、そこで組んだ仲間たちと画期的なシステムを開発することになる頃の話、そして売却話の起こったそのCG部門をスティーブ・ジョブズが買い取り、ピクサーが誕生、たびたびの危機やスティーブの死を経て、ディズニーとの提携を経て今日に至るまでを描く。
そしてこの間、著者であるエド・キャットムルは、グループを、一部門を、やがて企業をプロデュースすることの醍醐味に目覚め、何度もトラブルを乗り越えながらも、そのたびに新たなマネジメントの「原則」を発見する。


・つねに自分より優秀な人を採用するように心がける。それが脅威に感じられる場合でも、つねによりよいほうに賭けること。
・よいアイデアを凡庸なチームに与えればそのアイデアを台無しにし、凡庸なアイデアを優秀なチームに与えれば、それをテコ入れするかもっといいアイデアを返してくれる。よいチームを作ればよいアイデアに恵まれる。
・信頼とは相手が失敗しないことを信じるのではなく、相手が失敗しても信じることである。
・規則をつくりすぎないこと。規則はマネジャーの仕事を楽にするかもしれないが問題を起こさない95%の社員にとっては屈辱的だ。5%の社員をコントロールする目的で規則をつくってはならない。.....などなど


これらの原則は決して難しいものではなく、おそらくどれも一つ一つは単純だ。
重要なのは、彼はこれらを自らが失敗することによって、またはトラブルに遭いそれを乗り越えることによって体得したということ。
ピクサーがその誕生前から今日に至るまでどれだけのトラブルを乗り越えてきたのかを考えると、何より信用できるというものだ。
彼は本書の中で、何度も「人は人と関係することによって変わる」「企業は常に変わり続けなければならない」という意味の言葉を繰り返す。
私にはアニメを語る資格はないが、ピクサーが変わり続けたからこそ繁栄を築いているのであれば、いまこそ日本のアニメもまた「変わる」べき時期、チャンス到来なのかもしれないと思う。


さて、本書の終章「私の知っているスティーブ」は、窮地のピクサーを買収し、その後は時に対立し時には力強い庇護者として会社を守り導いたスティーブ・ジョブズについて、エド・キャットムルが彼と過ごした26年間を通じて感じたことを書き記したものである。
これまでスティーブ・ジョブズについて書かれたものや映画などを見てきたが、どれも「面白い」のだけれど、それらは彼のある日、ある時の強烈な一面を切り貼りしているような印象があった。
本書もそうでないとは言えない、だけど、私は今まで読んだ中で、エド・キャットムルが描くスティーブが一番好きだ。


当初、彼の独特なスタイルと攻撃的かつ侮辱的な言動がピクサーの創作者集団と衝突し傷つけ合う、それが26年という時を経て関係が変化していくさまは、同じ目標と、ともに過ごす時間があれば、人は嫌でも互いに影響を受け合い、そしてどちらも変わらざるを得ないという本書の重要なテーマの一つをそのまま証明している。
ジョン・ラセターがスティーブの人生を英雄譚に例えたと言うが、エド・キャットムルがここで描写する彼の姿は、戸惑いながら他人への共感や思いやりを学んで成長していくピクサー作品の主人公たちそのものだ。
この終章だけでも本書を読んで良かったと思えた。


最近、本当につらいこと、酷いことをTVで紙面でたくさん見聞きした。
インパクトのある画面や言葉は強い力を持ち、人を傷つける。
無力感でいっぱいになる。
だけど、いくら力弱くても、良いことを優しい温かい言葉で言い続けよう、そう思う。
人は人と関わり、影響し合い、変わり続ける。
人が変われば組織が変わり、組織が変われば社会も変わる。
「創造する企業はけっして進化を止めてはならない」
エド・キャットムルのその信念を、「企業」という言葉を「人」に入れ替えて、私も信念としたいと思う。



ピクサー流 創造するちから――小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

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