「火星の人」 アンディ・ウィアー 著

宇宙兄弟」の日々人は月に、「ゼログラビティ」のライアン・ストーン博士は無重力の宇宙空間に一人きり取り残された。そして、マーク・ワトニーは独りきり、「火星の人」となった。


有人火星探査<アレス3>のミッションは突然の砂嵐によって撤退を余儀なくされる。
そして6名のクルーが火星を離れる瞬間、事故により、植物学者でメカニカル・エンジニアの宇宙飛行士マーク・ワトニーは火星に取り残されることになる。
関係者は全員、彼が死亡したと思い込み、地球では追悼式が営まれ、マーク・ワトニー記念切手(!)が発行される。
ところが、実は無毛の惑星、火星で独りきり、彼は生きていた。
そして生き残りを賭けた必死の戦いを繰り広げていたのだ…。


新刊紹介を読んで、作家の小川一水さんが好きそうな設定だなあと思ってたら、ご本人が本書の帯に推薦文を書いてました。


さて「火星のロビンソン・クルーソー」、マーク・ワトニーの生存戦略
まずはなんらかの通信方法を見つけ出すこと、そして<アレス4>、つまり次の火星探査機が到着する4年後まで生き残り、なおかつ3200キロ離れた到着予定地までなんとかたどり着いておくこと。
ところが現実を見ると、基地となるハブの通信機器は全滅、糧食はおよそ1000日分足らない。
幸い生のジャガイモがあったので栽培することを考えつくが、畑がない、土がない、水がない、すべては自分で作り出すしかないしかない。
土は火星の土に自分の排泄物を混ぜその上にバクテリア入りの地球の土をふりかける。
そして水、H2Oを作成するために、ロケット燃料を利用したり、暖をとるために箱入りプルトニウムを利用したり。
自分の知識と技術を総動員して最大限の努力を重ねる。


ところで、なにをやってもマークは「火星最初の人」となるわけで。
マークの母校シカゴ大学の指摘によると、どこかで作物を育てたら、そこを公式に”植民地化”したことになるそうで、つまりマークは火星王国の王様に!
…ただ問題はその植民地には国民が一人もいないということだけ…。


生き残りのための作業は厭わないマークだけど、最大の敵はやはり孤独。
隊員たちが残した個人用のデータスティックを漁り、ルイス船長の持参した映像(なんと70年代テレビドラマ!)ならびに音楽(なぜにディスコ?)で4年を凌ごうとするのだが、さすがにそれはキツイ。
「September」も「君の瞳に恋してる」も「Stayin' alive」も名曲だけど、毎日聴くとちょっとキーーーーッとなるよね。
この「何か違う映像を観たい、ディスコ以外の音楽が聴きたーい」というマークの飢えと渇きは全編通じてちょっと笑えるポイントとなっている。


人はみな自分の中に、「誰か」を抱えていると思うが、ラッキーだったのは、マークの中の「誰か」はユーモアに満ちあふれていたこと。
本書はそのほとんどがマークの一人語りで、マークが外部との交信が可能になっても、 1日の大半はマークの独り言(ログ)が延々と続くことになる。
ここで、よくある話なら「これまでの自分の生き方」とか「自分とは」「地球とは」なんて内省的な語りが延々と続きそうなものだけど、ご心配なく。
マークに限ってはそんなジメジメしたところが微塵もなくて(いや、少しは考えろよ)、次々に明らかになる課題とその対抗策、そして、このログを読むかもしれない誰とも知れない者へのサービス満点のギャグとユーモアにあふれているのだから。


つまり自分にとって最良の味方も、最悪の敵も結局は自分ということ。
そして、マークの毎日は
課題→検討→解決、失敗、さらなる課題→対応→改善。
一人で解決できないことは先人の知恵を利用し、可能な限り他人の助けと知恵を借りる。
この繰り返しで、こうして見ると、「火星の人」の毎日って地球で生きていく人のそれと似ているかも。


地球上のNASAパートの登場人物も、それぞれキャラクターが立っていてリアル。
死んだと思われていたマークが生きていた時の慌てぶりや、彼を救出するために政治的判断と人道的判断に分かれて思い悩む姿も。
マークは預かり知らないのだけれど、最初に彼を見つけ出しその後”火星パパラッチ”を命じられたミンディと、最強の救出作戦を考え出したコミュ障気味のリッチ、そして最後まで人道的判断を貫いたミッチの3人は特に最強のサポーターだった。


世界中でマークの生存を祈る人々、その願いは国を越えて彼の命を救うために人が祈り、動き出す(多少利害が絡んでないこともないけど)。
アメリカ人マークが、地球人マークになる。
そして、最後に彼の手を握るのは…。
ラストまで温かくて、そしてとびきりのユーモアに溢れている、それでいて完全に「まじりっけなしのSF」!
長年にわたる作者の「宇宙オタク」が詰まったこの作品、やはり早速映画化の話もあるようで。
確かに映像で見てみたい気もするけれど、私はやっぱりこれは本で読むべきじゃないかと思う。
頭の中で、宇宙を思い描いてみること、人類の困難な戦いを想像してみること、それこそがアシモフハインラインらが描き続けてきた「SF」を読むことの原点だと思うから。
そういう意味でも、原点回帰、ひさびさの大興奮の一冊でした。

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)