「千の輝く太陽」 カーレド・ホッセイニ 著

どんなに劣悪な環境でも、最悪の境遇でも、人は愛し愛されることで互い温め、照らす「千の輝く太陽」となることができる。


昔、小学生の頃、差別の問題について授業を受けた。
昔から思ったことをすぐ口に出すたちなので、その時も先生に「なぜそれを授業で取り上げなければならないのか」と質問した。
差別自体の善し悪しについて聞きたかったのではなく、「知ること」の善し悪しについて知りたかった。
例えば、授業で取り上げることで、その差別について知らない人も知ることになる、知れば嫌悪感を持ったり差別行為に加担することになるかもしれない、知らない方が良いこともあるのではないか、そう質問した。
おそらく明確な答えはもらえなかったんだろう、それからも時折、「知ること」について考えていた。


同じことを学生時代に犯罪被害者と加害者との対話について学んでいる時に感じた。
加害者が自分が傷つけた人のことを知り、自分が破壊したものの大きさを学ぶことは分かる。
だが、被害者は加害者と話をすることによって加害者を犯罪行為に走らせた背景ややり切れない事情を知ってしまう。
それを知ることで自分を支えてきた相手への憎しみや罰を望む気持ちがグラグラと揺れてしまったり、反省のない加害者の態度により苦しみを増すこともありうる。
「知ること」はとても理不尽なものじゃないか。


本書はアフガニスタンを舞台に、ハラミー(不義の子)として生まれたマリアムと、カブールに住むライラの2人の女性の物語だ。


マリアムは毎週定期的に訪ねてくる優しい父のことを慕いつつ冷たい言動を繰り返す母と貧しい暮らしを続けている。
やがて父が複数の妻と子を持つということに気づいたマリアムは他の異母兄弟たちと父を共有したいと思うようになる。
父と一緒に彼が経営する映画館で外国のアニメ映画が見たい。
しかし愛情深くはあるが卑怯な父は彼女の願いを叶えようとはしない。
それを男の習性として十把一絡げにはしたくはないが、この先マリアムが出会う男性もまた同じ卑怯で彼女を苦しめる。
「磁石の針はいつも北を指し、責める男の指先はいつも女を指す」
亡き母が言った通りに。


ライラは1978年のクーデター、革命の夜に生まれたカブールに住む少女。
地雷によって片足を失った幼なじみ、タリークとの初恋が成就することをひたすらに願う。
しかし内乱と大国の政治的介入によって国は乱れ、兄弟たちはゲリラとして戦場へ、そして母は心を病み、ライラの教育を誰よりも気にかけた父は精神的に追いつめられていく。
輝きを放っていた少女はやがて嘘と暴力の罠にはまり、彼女の運命はマリアムのそれと交差することになる…。


国力の乏しい国はこれほどに荒み、身勝手な大国に蹂躙されるのか。
暴力が支配する国では庶民は何においても後回しで、中でもより虐げられるのは女や子どもなど弱き者だ。
出産すら満足にできない国で人が幸せに暮らせるのか?
そんな国で、お互いと子どもたちを守るために、利害を超えて助け合うマリアムとライラ。
どんなに劣悪な環境でも、最悪の境遇でも、人は愛し愛されることで互い温め、照らす「千の輝く太陽」となることができる。
本書はそう語りかける。


本書を読んですぐにアフガニスタンのことを調べてみた。
アフガニスタンは中南アジアの国で、パキスタン、イラン、タジキスタンなどと国境を分けている。
国民の平均寿命は48歳、世界で2番目に短い(2011年)。
外務省の海外安全センターHPでは、アフガニスタンには4段階ある渡航情報(危険情報)のうち、最も危険な「退避勧告」を出している。
作者のカーレド・ホッセイニアフガニスタン出身のタジク人で、ソ連アフガニスタン侵攻で家族でアメリカに亡命、医師として難民高等弁務官事務所(UNHCR)で働いた経験があるという。


タリバン統治下での女性たちの地位の低さは本書でも書かれているが、誘拐婚や道徳による刑罰(女性の外で仕事を持つことの禁止や教育禁止や服装規定など)、マニキュアを塗った女性が指を切断され足首を見せた女性が公開鞭打ち刑に処せられる、そんな状況。
それはあまりに過酷な運命で、では女性たちはこの国でなんのために生まれてきたのかと呪いたくなる。
私が知ったからといって何ができるわけじゃない。
だけど、知らなくてはいけない、もっと知りたいと思った。


ある本で「なぜ卑劣な加害者と会話し、事件や加害者のことを知ろうとするのですか?」という質問に対して、被害者が「知らなければ、いつまでも私自身も現在の状況も変わりません。私は生きている限り変わり続け、進み続けなければならないからです」という趣旨の回答があった。
小学生の頃にもらえなかった答えをその時に受け取った。
「知ること」を止めたらダメなのは、知ることを放棄するとすべては変わらないから。
世界の現状はユートピアとはほど遠く、日本にも貧困や差別が存在している。
今ならば分かる、「知ること」を放棄するのはこの現状を変えることを放棄することだって。
国であれ人であれ、どんなに無関係に思えても、どんなに憎い相手のことであっても、どんなに理不尽でも、この世で知らなくていいことなんてないのだ。
本書を読んで、改めてそう思った。


千の輝く太陽 (ハヤカワepi文庫)

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