「火曜日の手紙」 エレーヌ・グレミヨン 著

毎週火曜日に届き始めた手紙が、秘められた過去の情熱を明らかにし、主人公カミーユの運命を変えていく。


1975年、母を亡くしたばかりの女性カミーユの元にルイという男性から毎週火曜日に手紙が届き始める。
その手紙は、なんのメッセージもないままルイの回想ではじまる。
フランスのとある村に住む少女アニーと彼女の対するルイの淡い初恋。
最初は編集者をしている自分に誰かが小説を売り込んでいるのかと思っていたカミーユだが、心当たりをあたっても該当する者はいない。
その後も手紙は届き、奇妙な小説はやがて、村に突然現れた若い夫婦とアニーが抜き差しならない関係に陥りルイもまたその大きな渦に巻き込まれるという不穏な流れに。
そして4人の関係は、戦争とそれぞれの強烈な感情に翻弄され、思いがけない展開を迎えるのだ。


はじめ、カミーユはあくまでも傍観者で、登場人物たちの数奇な人生を眺める者だった。
やがて、火曜日の手紙がだんだん待ちどおしくなるカミーユ
彼女自身もまた実は大きな人生の転機を迎えており、まるでそれと呼応するように展開する小説は彼女自身の運命をも暗示しているようにも思えたのだ。
ところがある時、彼女は戦慄とともにふと気づく。
これは「私の物語」ではないかと…。


そこからやがて彼女の中に、疑問、不信、そして真実を知りたいという止むに止まれぬ渇望が生まれ育つ。
ルイは誰で、どこに住んでいるのか、この小説はなぜ私宛に送られてくるのか。
彼女は手紙の内容を元に、手紙の送り主ルイと話の舞台となっている村を探し始める。
この辺りから本書はサスペンス色が色濃くなっていく。
手紙によって自分自身の寄って立つ地盤がグラグラと揺れ始めるカミーユの心情がきめ細やかに描かれ、読み手にもじわじわとその恐怖が伝わってくる。


静かに静かに語られる4人それぞれの物語。
だけど、語り口の静けさと対照的に、彼らの行為の熱いことと言ったら、そしてその残酷なことと言ったら。
私には、彼らの行為は愛というには身勝手で愚かなものに思えたし、おまけに、それぞれの情熱溢れる行為によって、皮肉にも誰も幸せになっていないようにも思えた。
4人とも、誰よりも幸せになりたいと、誰かを幸せにしたいと切望していたはずなのに。


また戦争は4人の愛憎の背景だと思っていたのに、実は戦争こそが4人の運命に重大な影響を与えていることに気づく。
彼らの刹那的な愛の行為や、心の奥底にある死への親密さ、新しい生への渇望。
戦時下だからこそ、それらが際立っているような気がする。
その一方で、4人の世代とカミーユの世代とを比べると、愛憎の濃淡にあまりに差があるのが気になった。


火曜日の手紙は、ある悲劇的な結末を伝えたあと、ぷっつりと途絶えてしまう。
そして、眠れぬ夜を過ごしたカミーユに、新たに送られてきた手記が、すべての見方をがらりと変え、今度は本書をミステリーへと変えるのだ。
人の心の闇を明らかにするミステリーに。
愛情を試す者は自らかけた罠に囚われ、愛する者の裏切りを予告する者は、自らその予言を成就させてしまう。
これは他人を犠牲にしてでもなにかを手に入れようとした者についての話であり、どれほど不屈の魂を持っていても運命には逆らえなかった者の怖い、怖い話だ。


火曜日の手紙

火曜日の手紙