「ペナンブラ氏の24時間書店」 ロビン・スローン 著

暗号、謎解き、秘密結社…こんな言葉に魅かれてしまう人は、ぜひぜひ<ミスター・ペナンブラの24時間書店>にご来店を!


ウェス・アンダーソン好きの人はハマる!との書評をどこかで見て思わず手に取った。
ちょうど先日、監督の新作を観たばかりだったので。
うん、このテンポ良さ、謎解きのわくわく、秘密結社という魅力的な響き、適度なハチャメチャ感、登場人物のかわいらしさ…確かに共通点があるある。
これに加えて、あとがきでもあるのだけれど、登場人物たちが冒険RPG配役になっているのも楽しい。
私はRPGではウイザードを一択なので、お気に入りはキャットなんだけど、ペナンブラもちょっと気弱な大魔法使いマーリンという感じでなかなか…。
おっとっと、先走って興奮していてはいけませんね。



本書の舞台は、不思議な不思議な本屋さん、「ミスター・ペナンブラの24時間書店」。
それはアメリカ西海岸のサンフランシスコにある古本屋さんで、なかなか趣味の良い品揃え(主人公と親友ニールがお気に入りの「ドラゴンソング年代記」もあるし)。
ところが、このお店、置いているのは古本ばかりではない。
森の入り口のような狭い間口、三階建ての高さのある驚くほど背の高い本棚の奥、主人公のクレイが「奥地蔵書」と呼ぶ不思議な空間に、暗号で書かれた奇妙な貸本たちが並んでいる。
これらを借りて行くのは一風変わった異星人みたいな会員たちで、彼らは時には興奮し、時には謎めいた言動をしながらこれらの貸本を借りて行く。
そして、求職中の主人公クレイは、まるで店長のペナンブラに導かれるようにこの店で働くことになり、好奇心の赴くまま暗号の解読と、この店を巡る謎に取り組むことになる。


この貸本たち、実はとんでもない秘密を秘めていて、秘密結社では500年もの歳月をかけて会員たちがこの秘密を解明するため暗号の謎解きに取り組んできた。
しかし、歴代会員たちが500年、人力で解いてきた謎を、なんとペナンブラとクレイはコンピュータによって解読できないかと考える。
そして、この手助けをするのが、クレイの恋人キャットが務める天下のGoogle
彼らは優秀なグーグラーたちや、1000台に及ぶコンピュータを使って暗号解読を試みる。
著者がGoogleの社員だったことが、この壮大な謎解きにリアリティを持たせている。
ただ、謎は解かれるためにあるのだけれど、わくわくしながら貸本を借りに来た会員たちのことを考えると、古き歴史、人力による解読にこだわる敵役の主張にも同意してしまうところがあるなあ…。


夏目漱石の「三四郎」にこんな一節がある。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」
(「三四郎夏目漱石

「贔屓の引き倒し」のくだりは現在の国内情勢を思い返すと、漱石先生の先見性に思わず頭が下がってしまうのだけれど、本書を読んで思い出したのは「日本より頭の中のほうが広いでしょう」というくだり。
私たちは今、その場にいながらにして、小さな機械を使って世界中の人々とつながり、世界中を覗くことができる。
三四郎は東京の広さに圧倒されているが、私たちは、日本より、世界より広いインターネット世界に圧倒されている。
物理的、空間的にはもちろん、時空さえも超えて、その可能性は果てしないように思える。
だけど、それを使って、私たちは自分たちのさみしさを埋められているのか、誰かのさみしさを慰めていることができているのか。


終盤、追い詰められた主人公が助けを求めた時、登場人物の一人が彼に言う。

「きみなら見つけられるはずだ」とデックルが言った。「とてもリソースフルに見えるからね」

主人公クレイにとってのリソース、資源とは、クレイの思いつきを具体化する友人たちだ。
彼らとの関係は、時間をかけ、信頼しあって育ててきたもの。
また、クレイをこの不思議な店に巡り合わせたのも、掟を破ってまでペナンブラ氏に新たな謎解きに挑戦させたのも、私たち人間の心の中にある「知りたい」という原始的な欲求だ。
それはインターネットよりも広く深い人間の頭の中の奥深くから発生した「なにか」だ。
最終的に、クレイは自分の頭と仲間たちの力で500年の謎を解き、自分にとっての大切な仕事とは何かを見つけ出そうとする。
わくわくの源泉はネットの中ではなく、自分の中にこそあり、私たちはもっともっと自分という存在を掘り下げなければならないのかもしれない。


とはいえ、ゲームをしていても、攻略サイトや攻略本で先回りして謎の全てを解き明かしたいと考えてしまうズルな私。
謎解きもできることならコンピュータで一発解明して欲しいとも思うのだが。
こんな私は、本書に何度も出てくる

フェスティナ・レンテ、ゆっくり急げ。

という言葉を噛み締めるべきなんだろうな。


ペナンブラ氏の24時間書店

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