「考証要集 秘伝!NHK時代考証資料」 大森 洋平 著

江戸後期、串に刺す団子の数は江戸では何個?関西では何個?「イライラ」「階段」「桜湯」この中で江戸時代のドラマで使ってはいけない言葉は?

近頃、家族で朝ドラにはまっている。
朝BSを見て、通勤電車でTwitterの#付きの感想を確認するのが毎日の楽しみ。
同様に大河ドラマも毎回(時には文句をつけながらも)律儀に鑑賞しては、Twitterを確認しているのだが、いつも気になるのは「この時代に◯◯はあるわけない!」とか「この時代に『◯◯』という言葉を話すことはあり得ない!」「この日この時にこの人物はまだここにいなかった!」などのツイート。
どんなことにも(自称を含め)専門家はいるようで、そのツイートにはある種の熱気さえこもっており、それを見ると、いつもこう思っていた。
「だって、フィクションでしょ?」


いやしかし。
そんな私が読んで大反省をしたのが、本書である。
新聞の書評で見て、あれらのツイートに込められた情念の正体が知りたい!と思い、早速購入してみた。
この「考証要集」、副題に「秘伝!NHK時代考証資料」とあり、著者はテレビ局で歴史もののドラマなどの時代考証を担当する方。
著者によると、時代考証というのは歴史ドラマばかりではなく、ドキュメンタリーにも必要であり、そしてその対象も「今や戦前・戦中劇はおろか、東京五輪の頃まで」広がっているそうだ。
特に戦争期の考証はきわめて重要で、当時を生きた人々から得られる貴重な証言を元にリストを作り、より丁寧な考証を心がけているとのこと。


さてさてそんな考証のプロが、注意を要するとしてあげているのは。
例えば、「あんみつ」。
あんみつという言葉自体は、昭和5年に銀座の汁粉屋さんの考案によるもので、江戸時代の末にあった「蜜豆」が起源と考えられるが、これは現今のものとは違い、寒天も入っていない、そうだ。
あぁあんみつ姫…。
また「蹄鉄」は明治になって輸入されたものなので、それ以前の時代劇では「馬わらじ」を履かせるのがが正しい。
馬わらじ…?
ヒメジョオン」は明治期の帰化植物、「ハルジオン」は大正期。
従って時代劇のロケでは、見つけ次第、引っこ抜け!
などなど。


また近代語・現代語として時代劇などで使うには要注意の言葉は、「関係ない」「財産」「常識」「単純」「友情」「補給」「連絡」「太陽」など。
読みに注意すべきは、「開眼(かいげん)」「花街(かがい)」「二君(じくん)」「神道無念流(しんどうむねんりゅう)」など。
いずれも、なぜそうなのかという解説付きで説明されているので、読んでいてすっきりとするし、これから歴史ドラマを見る上で、今まで以上に楽しめることは間違いない。


最近、巷では偽ベートーベン事件や論文コピペ事件のように、人を偽りの「ものがたり」で幻惑する事例がTV、マスコミなどを中心に頻発している。
あれらの騒ぎを見ていると、当事者自身もそうだが、安易に分かりやすい「ものがたり」に飛びつく一般人にも問題があると思う。
そういう意味では、冒頭のドラマへの疑義を提示するツイートは、実は健全な検閲機関として機能しているのかもしれないとも思えてきた。


そして、本書を読んでしみじみと実感したのだが、本当に「ものがたり」を愛している作り手は、決して観客や読み手を侮らない。
こんなものでいいだろう、ここまでは分からないだろう、そんな思いが、実はドラマ全体を損ね、TVや映画というメディアの信用を損ね、ついには社会全体の信頼性を損ねることに結びつくのではないかと思う。
そう考えると「だって、フィクションでしょ?」という受け手である私の言葉も薄っぺらだなあ。
本書を傍らにおいて、これからは、私もちょっと真剣に歴史ドラマを鑑賞してみたいと思っている。