「グローブトロッター 世界漫遊家が歩いた明治ニッポン」 中野明 著

「Globe trotter」グローブトロッター、それは世界漫遊家。ある時は王侯貴族のように。またある時はバックパッカーのように。それは世界中を旅するコスモポリタン。そして…ちょっとモノ好きで好奇心旺盛な人々。

最近、観光立国を目指すという我が国では、年間の訪日外国人観光客数1000万人を目指す、という政府の方針が発表された。
鼻息荒いなあと思っていたのだが、先日は東京でオリンピックが開催されることが決定し、この目標も夢ではないところまで来ているようだ。


一方で、現代は、家に居ながらTVや動画で海外に旅したかのような気になれる時代。
ついつい、本当の旅に出かけることが億劫に感じてしまうほどだ。
それでも、絶対に不可能な旅がある。
それは過ぎ去りし過去の世界を旅すること、だ。
しかし、なんと本書では、その過ぎ去りし時代である明治ニッポンでの驚きの旅を、グローブトロッターと呼ばれる世界漫遊家たちの記録を通じて追体験できる!
必見である。


グローブトロッターと言っても、実はその種類も様々だ。
たとえば、お雇い外国人だったドイツ人クルト・ネットーによると、グローブトロッターは、最小限の費用で最大限の旅行を実現しようとする「通俗型」、科学目的の「科学型」、気前のよい「優雅型」、家族同伴で自分のヨットまで所持している「独立型」、そして自身が王侯貴族の一員で、大抵は軍艦に乗ってやって来る「王侯型」などに分類されるという。


「通俗型」の代表が、団体ツアー旅行だろう。
世界的に有名な旅行代理店創業者のトーマス・クックが企画した世界一周旅行ツアーで、開国間もない日本はその滞在先に選ばれている。
横浜に上陸したツアー客たちは開通したばかりの鉄道を使って江戸(まだそう呼ばれていたようだ)へ行き、人力車13台で町を駆け抜ける。
すっかり人力車を気に入ったクックは一台購入し、ロンドンに送ったのだという。
また、世界一周旅行ツアー(期間はほぼ6ヶ月)の参加費は、現在の貨幣価値で換算するとおよそ3875万円也。
当時の欧米富裕層たちの娯楽としての旅の様子が垣間見える。


さて、団体旅行に対して個人旅行を楽しむグローブトロッターたちの体験もなかなか。
明治6年に来日したエガートン・レアードは、


混浴に驚いて入浴を拒否し、お歯黒の女性に興ざめし、猛スピードで疾走する飛脚に驚き、腰に差す煙管を刀と勘違いすることもあった。


と、なかなかの珍道中である。
しかし、いつの時代にも、自分の生きてきた世界や異なる文化に生きる人々を不快に感じる人と、心から未知の世界、異なる文化を持つ人々を愉快に思える人がいるのだと思うが、本書に登場するグローブトロッターは当然後者が多いようだ。


中でもニッポンをおおいに楽しんだ人物として、詩人ロングフェローの息子チャールズ・ロングフェローがいる。
彼はその財力とコネをフル活用し、定番の京都や箱根はもちろん、はるか蝦夷地まで旅をしている。
更に、旅先で出会った元土佐藩主の山内容堂公と意気投合、その関係からか岩崎弥太郎氏を紹介され、その流れでついにはハワイ国使節団の一員として明治天皇に謁見するという体験をすることになる。
合計3回も来日したそうだ(ガールフレンドもたくさんいたらしい)が、こんなにニッポンを満喫してくれるなんて、ちょっと嬉しい。


そうかと思うと、日本にいたのはほんの数時間、というトロッターならぬギャラッパーたちもいる。
それぞれが新聞社と雑誌社に雇われた女性記者である彼女たちは、世界一周の最短日数を争い、その途上で日本に立ち寄る。
ジュール・ヴェルヌの「80日間世界一周」のフォッグ卿も顔負けの慌ただしさで世界を駆け巡る彼女たち。
2人の競争の結果もさることながら、その後の2人の人生もまた興味深い。


他にも、ノーベル賞作家であるキプリングの旅や、日本で一番著名な女性グローブトロッターであるイザベラ・バードの旅なども取り上げられており、それぞれの個性あふれる旅を通じて異なる明治ニッポンを観察することができる。
また当時のホテルの様子やトロッターたちの肖像などの豊富な写真資料、トロッターたちの描いたスケッチなども絶妙のタイミングで配してあり、本当に旅や紀行文が好きな人にはたまらない本となっている。


複数の記録を読んで行くと、45年間の時を経るごとに、明治ニッポンが観光地として発展して行く(それもものすごいスピードで!)様子が手に取るように分かる。
著者は、一つの地域が観光地として一般大衆に開かれるための要素は3つあると言う。
それが「ハソネの法則」、「ハードウェア」「ソフトウェア」「ネットワーク」である。
この分析は秀逸で、これは観光立国を目指す現代の日本においても当てはまる、重要な指摘ではないかと思う。



本書の最終章で、著者はグローブトロッターたちの旅を、経済学の「生産可能性フロンティア」の考え方を活用して分類する。
そして「人生は旅である」という言葉を引き合いに、あるグローブトロッターが日本を離れる際に述べた言葉を、今際の際の自問と同じではないかと述べる。

私は何を見て何を学んだのか。そこから得られる結論は何なのか。


私も本書を読んで、同じようなことを感じた。
人はその人の生き方に相応しい旅をするのだ。
旅はその人の生き方そのものを表すのかもしれない、と。





グローブトロッター 世界漫遊家が歩いた明治ニッポン

グローブトロッター 世界漫遊家が歩いた明治ニッポン