「11/22/63」 スティーヴン・キング 著

ホラー界の巨匠が挑戦したのは、時間旅行と歴史改変もの。アメリカ人の神話「JFK暗殺事件」に挑む1人の男の過去への旅と、様々な人々が神の前で踊るダンス!ダンス!


とびきりのハンバーガーを破格の値段で提供する「アルズ・ダイナー」。
猫の肉でも混じっているのではないかと揶揄されるその店の店長アルから、ジェイクは一つの願いを託される。
とびきりの奇妙な願いを。
それは「過去の世界に行ってJ・F・ケネディ大統領の命を暗殺犯リー・オズワルドの凶弾から守ること」だった。


半信半疑ながら実際に過去の世界を体験したジェイクは、この過去への旅が、ある事件によって悲惨な人生を歩む知人を救うことに繋がることを知り、旅立つ決意をするが…。


過去への旅は様々なルールに縛られている。
過去への扉は常に1958年9月9日午前11時58分に繋がっている。
また、過去への旅はどれだけそこで過ごしても、戻ってきた現代ではたった2分しか経過していない(ただし過去で過ごした時間分だけ肉体的には年を取るのだが)。
そして、過去から現代に戻り、再度過去への扉を開くと、全ての変化はリセットしてしまうのだ。


ケネディ暗殺事件は1963年。
つまりアルの願いをかなえるには、5年もの歳月を過去で過ごさなければならないということになる。
自爆テロ生物兵器なんて言葉を知らず、だけど「人を信じる気持ち」がまだ残っている過去の人々の間で。


インターネットさえあればオズワルドについて調べるジェイクの苦労は半分ぐらいに減るんじゃないかと思うけど、逆にインターネットがないばかりに、ジェイクはどうしてもローカルな手段に頼らざるを得ない。
すなわち、バタフライ効果を恐れつつ、この時代の人々と関わっていくのだ。
ジェイクは5年の歳月を現実世界と同じ教師として働き、様々な出会いを重ね、周囲の人々を襲う事件を乗り越えながら、心から愛する女性とめぐり合う。


彼女との日々。
そして、ダンス(「イン・ザ・ムード」の効果的な使い方!)。
ジェイクが何度も心の中でつぶやく。


「人生はダンスだ」


ゆっくり読もうと思っていたけれど、だめ。
下巻半ばのケネディ暗殺事件当日からの流れはやはりジェットコースター!
頑固な過去はジェイクの企てをことごとく失敗させようと、あの手この手で罠をしかけてくる。
それは命の危険をも感じるほど。
そして感じたのは、「JFK暗殺事件」こそはアメリカ人にとっての神話であり、もしもそれを改変しようとする人がいたのなら、それこそは英雄譚となるということ。
まさしく本書は英雄譚でもあるのだ。


神話、英雄譚と言えば、「神話の力」でJ・キャンベルが披露したエピソードを思い出す。
ある国際的な宗教会議のために日本を訪れたキャンベルは、アメリカ人の社会哲学者の「あなた方のイデオロギーがどうしてもわからない」という問いかけに神道の司祭がこう答えたのを聞いたという。


イデオロギーなどないと思います。私どもに神学はありません。私たちは踊るのです」


そう、神の前で、人はただ踊るだけ。
だけど、一方で、本書の登場人物の一人がこうも言っていた。


「わたしたちの踊りっぷりといったら!」


そしてジェイクが思う。


恐怖と喪失の大宇宙がとりまくのは、照明をあてられたひとつきりの舞台。その舞台では、命にかぎりある者たちが闇をものともせずに踊る。


そうなんだ。
どうせ踊るなら、思いっきり踊るんだ。
人を操る神様も恥じらうほどの、魅入られるほどのステキなダンスを。
そして精一杯のダンスの後、泣くことのできない男が、この旅の果てに流した涙は、彼の過去との戦いとその苦労を洗い流す浄化の涙のように思われた。


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