「ジェイコブを守るため」 ウィリアム・ランディ 著

父が息子を守る。ただそれだけなのに、残酷な、ひたすらに残酷な物語。


子育てをしている人にとって、この本はかなりキツい本ではないかと思う、特に14〜5歳の子供がいるなら尚更。
目の前にいる我が子が「僕はやっていない」と言うなら何があっても信じたい。
だけど、もしかしたら嘘をついているのかも、間違っているのかも、そんな気持ちが全くないかと言われるとそうも言い切れない。
信じているのか、信じたいのか、自分の気持ちさえもハッキリしないもどかしさ。
そんな気持ちを感じたことのある方ならきっと本書は殊更重く感じることだろう。
少なくとも私はそうだった。 


区検事であるアンディ・バーバーは、一人息子で14歳のジェイコブの同級生が公園で刺殺された事件を受け持つことになる。
比較的裕福な家庭が多く安全な地域と思われているその町で、そのような残忍な事件が起こることは珍しい。
町中が、そしてアンディの妻ローリーも激しい不安の渦に巻き込まれる中、突然ジェイコブが容疑者として逮捕され、アンディは事件の担当検事を外される…。


愛する我が子を守るため、できる限りのことをしようとするアンディ。
しかし事件をめぐる状況や証人たちの証言はジェイコブに不利なものが多く、彼は次第に追い詰められて行く。
実は彼には妻にも打ち明けていない秘密があり、この事件で過去に葬ったはずのその秘密が彼と家族を苦しめることになる…。


私が特にそのような本や映画を選んでいるのかも知れないが、なんだか最近「父と息子」の物語が多いような気がする。
男の人って息子に対する思い入れが強いのかしら。
Twitterなどで、本作に言及するものを見かけたが、そこでも父親の愛情にフォーカスした評が多かったようだ。
主人公に同化してしまっているような方もおられて、なんだか父親にとって息子って、抱きしめるには遠すぎる、だけど自分の全存在を賭けて守るに悔いなし!みたいな存在なのかとも思い、その思い入れがひしひしと伝わってきた。


とにかく、力作だと思う。
息子をひたすら信じる主人公の苦しみや、親ゆえの真実の見極め辛さ。
法曹界にいた友人や知人ですら距離を置き始め、次第に孤立して行く家族。
裁判の進行と共に主人公を追い詰めてくる忘れてしまいたい忌まわしい過去。
重苦しい話を最後まで読ませてしまう作者の力量には感服するのだけれど…回りくどい言い方をしてきたが、正直に言うと私はこの作品は好きではない。


本作はアンディの一人称なのだけれど、どうも最後まで読み通して私がなにより強く感じたのは、彼の不誠実さだ。
妻のローリーもおそらくそう感じたのではないかと思うのだが、彼は時には自分に対してさえも不誠実だ。
父親と母親とが同じ我が子に対して違うアプローチを取り、時には補い合い、時には反発するということはあると思うけど、アンディはそもそも自分にも妻にも他人にも(読者にも)一番肝心な部分を隠しているような気がしたのだ。
そして、衝撃的なラスト、最後の最後で、真実に気づき、薄ら寒くなる。
私は、これは父から息子への献身の物語ではないと思う。
三代、四代に渡り、利己的な遺伝子が、自分と同じ遺伝子を守ろうとする、残酷な、ひたすらに残酷な物語だと思うのだ。


ジェイコブを守るため (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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