映画「天使の分け前」

ウイスキーなどの熟成中、樽の中では毎年2%が空気中に蒸発してしまうという。その蒸発分が「天使の分け前」。それは、人の決めたルールを超えて授けられる幸運、そして人が人に与える見返りを求めない優しさ。



様々な機会に若者の話を聞くことがある。
ゆとり世代」などと揶揄されていることは知っているが、私の出会う若者の多くは慎ましく、堅実で、健気である。
あまりの健気さに泣けてきそうになることもある。
けれど彼らはそんな私の反応にキョトンとしている。
それはそうだろう。
彼らにはこの苦しい状況が、日常なのだから。


国際労働機関(ILO)が発表した2012年の若年層(25歳以下)の失業率は以下の通りである。

日本:8.2%  米国:16.3%  EU:22.6%  東南アジア:13.1%
中東:28.3%  北アフリカ:23.7%  中南米:12.9%

おや、日本は世界の基準からすると失業率は低いじゃないかと思うかもしれない。
けれど先日、総務省からこんな発表があったようだ。

「2012年の就業構造基本調査によると、パートや派遣など非正規で働く人が2042万人となり、初めて2000万人を超えた。」

つまり就業していると言っても、その実態は低賃金で不安定な雇用である可能性があるということだ。


この映画の舞台であるイギリスでも、若年層の失業者が2011年に初めて100万人を超えたという。
監督であるケン・ローチは、そんな若者の「これから」を「空っぽの未来」と表現する。
この映画の主人公、ロビーもまた失業者であり、別の若者に理由なく暴力を振るい重い障害を負わせた前科者である。
しかし同時に彼は、愛する女性との間に初めての子供を授かった若き父親でもある。
一人の若者の中に、罪深き過去と家族との明るい未来が同居しているわけだ。



パンフレットによると、本作の主人公ロビー役には、境遇のよく似た素人の男性を起用したのだという。
しかしスクリーン上で、ガールフレンドの父親に打ちのめされて落ち込む彼の元に、赤ん坊誕生の知らせが入った時の表情ときたら。
戸惑い、不安、喜び、そのすべてを乗り越えて窓の外の明るい風景を眺める彼の遠い視線。
その瞳は、空っぽだと思っていた未来に「希望」を見つけた光に輝いていた。
すごい。
当然ながら、境遇が似ているから、演技が出来るというわけじゃない。
これは彼の力なんだ。
それまで不恰好な服を着て、顔だって、お世辞にもカッコいいとは言えない彼のことをサエない主人公だと思っていたのに、次第に魅せられ応援したくなってしまう。


彼は、初めての子供を抱いて「二度と決して誰も傷つけない」と誓う。
しかしその誓いを守ることは、彼の生まれ育ったグラスゴーの下層階級の暮らしの中では困難だ。
一方、彼のことを何かと気にかけてくれる大人、ハリーのおかげで、ロビーは自分にテイスティングの才能があることに気づく。
しかし、この才能さえも、彼の過去と生まれ育った環境がある限り生かす道がない。
家族を守り人生を変えるには、一発逆転の賭けに出なければならない。
ここからケン・ローチ監督の演出は突然コメディタッチとなる。


監督はインタビューで「登場人物たちが、人生において時にはコミカルで、時にはそうでもないという事件に遭うことがあるだろう。だから我々は今回、コミカルな時を選ぼうと思ったんだ」と語っている。
確かに、ロビーが人生の大逆転を図るため実行した方法はコメディの要素がないと少し受け入れ難い。
だけどなあ、と思う。
若年層の失業率、ギリシャは58.4%、スペインは55.7%…。
ユーモアで乗り切らないと、もう真剣に革命しかないんじゃないかと思う。
それほどに若者たちを巡る現実は厳しい。


私も歳を取ったんだろうか、斜に構えて「そんな都合のいいことが起こるわけないじゃない。リアリティなさ過ぎ」なんて批評家じみた台詞を言っていたこともあるのだけれど。
今は、誰の人生にも、天使が微笑んでくれるような、そんな幸せな出来事が起こってもいいんじゃないかと思う。
それが多少、道に外れていても。


良き友、良き書物、そしてゆるい良心。これぞ理想的な人生だ。


マーク・トウェインもこう言っていることだしね。