「知の逆転」 ジャレド・ダイヤモンドほか 吉成真由美[インタビュー編]

現代における最高の賢者たちへのインタビュー集。彼らの目に世界はどのように映り、今後どのような方向に向かっていると見えているのか。6人6様の回答が私たちの思考をより深く、より広く拡張してくれる。



東日本大震災以来だろうか。
周囲の人と話をしていて、「閉塞感」という言葉が多く聞かれるようになったのは。
仕事でたくさんの方と話をしていて、将来の不安について語られることが増えたのは。
「大丈夫ですよね」
と互いに声を掛け合いながら、新聞やTVの報道を見ては、この国の、世界の行方を、ため息ついて見守るしかないちっぽけな自分。
私たち人類は愚かな種としてこのまま衰退して行くのではないだろうか。


そんな時、手に取ったこの本で、久々に「知恵と勇気で戦うぞ♪」(「少年探偵団」)   というフレーズが浮かんできた。


「10冊分の情報がつまってる」


というサイエンス作家の竹内 薫氏の言葉が帯にあるが、まさしくその通りの本。
現代における6人の賢者たちへのサイエンスライター吉成真由美氏のインタビュー集である。


第1章はジャレド・ダイアモンド
世界的ベストセラー「銃・病原菌・鉄」、「文明崩壊」の著者である。
吉成氏の「国際問題と解決方法」「いじめ」「人生の意味」についての問いに対して、進化生物学、生物地理学、鳥類学、人類生態学を修めたダイヤモンド氏の意外と(いや、ふさわしいというべきか)ドライで明快な回答は、なんだか正体不明の漠とした不安を解き明かし、払拭させてくれる。
氏の目を通して見た世界は、世界規模の問題ですらそれぞれ原因と対策が整理され、可能かどうかはともかくしかるべき回答を持っている。
それが頼もしい。


第2章  ノーム・チョムスキー
言語学者で、MITを代表するインスティテュート・プロフェッサー、名誉教授。
「資本主義の将来」「インターネットについて」「理想的な教育」「宗教について」などの問いに対して彼が答える懐疑的な回答は、権威主義に、特に自国であるアメリカに対して手厳しい。
インターネットは民主主義の土台になる可能性があるとしながらも、一方でカルトを生む土壌となるとも批判するなど、回答には何事も多面的に分析する彼の姿勢が表れている。


第3章  オリバー・サックス
神経学・精神医学者で「妻を帽子と間違えた男」「レナードの朝」などのベストセラーの著者である。
「脳の見事な適応能力について」「音楽の力について」「宗教について」などの問いに対して彼は、個別記憶やエピソード記憶を失ったアルツハイマー病患者が、昔聞いた音楽を聴くことによって涙を流したり微笑んだりする話や、全盲ながらそれぞれの耳で1分間に600語を「読む」ウォール街で株式取引の仕事につく女性の話など、驚異的な脳の力の目撃者として、様々なエピソードをもって回答する。
インターネットの発達によって、現在は、人間の脳にとって「素晴らしい可能性と興奮と期待と危険がすべて一緒に存在している時期」とする博士の意見は興味深い。
私たちの脳は、このエキサイティングな状況にどのように適応して行くのだろうか。


第4章  マービン・ミンスキー
コンピュータ科学者、認知科学者で人工知能(AI)が専門、初期の人工知能研究を行い、「人工知能の父」とも呼ばれる。
「なぜ福島にロボットを送れなかったのか」「社会は集合知能へと向かうのか」などの質問に対する彼の回答には、人工知能の開拓者としての自負と、彼から見ると誤った方向に突き進んで行く研究者たちに対する苛立ちが滲んでおり、そのことを「失われた30年」という言葉で表現する。
エンターテイメントに走った研究者たちは、サッカーをする犬のロボットは作れたが、ドアを開けたり原子力発電所内で働けるロボットは作ることができなかったのだ。



第5章  トム・レイトン
数学者、マサチューセッツ工科大学(MIT)応用数学科教授。
一般的には馴染みは薄いが、全世界のインターネット網のインフラを支えるアカマイ・テクノロジーズ社の設立者で、現取締役。
彼が語るアカマイ社設立の秘話や、その後の試行錯誤と発展の経緯(「スター・ウォーズ」予告編のリリースに関するエピソードは興奮!)、インターネット世界の裏側で行われているサイバー戦争の話は、ビジネスと大学を代表とするアカデミックが結合する面白さと難しさを同時に考えさせてくれる。
ビジネスがいかに人を魅了するのか、そしてナイーブな象牙の塔の住民がそこに加わった時、どのようなことが起こるのか、きっとハリウッドならこの話を元に映画でも1本作れそう。
個人的に、一番ワクワクさせられた章だった。



第6章  ジェームズ・ワトソン
分子生物学者。1962年に他の2人の科学者と共にDNA二重らせん構造を発見、それによってノーベル生理学・医学賞を受賞した。
当事者である彼が語るノーベル賞受賞の経緯や、科学者としてあるべき姿についての見解は、どこまでも正直で、他人に、そしてなにより自分にとても厳しい。
改めて驚いたのは、「DNA二重らせん構造の発見」をした方が今も現役でばりばり研究を続け、「子供が白血病にかかった時に6週間薬を飲むことですっかり治ってしまう、というような世界が私の理想の世界」と語るということ。
御年85歳ですよ。
人間は、考える、考え続けることを死ぬまで続けて行かなければならないということを改めて覚悟させられる。


何人かに尋ねた共通質問で「好きな本」にSF小説が多いのは、彼らが常に思考のブレイクスルーを繰り返してきたことを考えると、なんだか頷ける気がする。
また、人生において、研究生活において、音楽がいかに大切かを語る方が多いのも、またしかり。


現代の賢者たちが、決して現在を絶望していないこと、人類には、難局を突破する力があると信じていることに、何よりも勇気付けられた一冊だった。


知の逆転 (NHK出版新書)

知の逆転 (NHK出版新書)