「督促OL修行日記」 榎本まみ 著

勇気と知恵で苦しい仕事を乗り越え、ナイーブな若い女性が回収率を糧に、どうやって督促という仕事に理念を見つけ企業人となれたのかを描いた本。健気さに打たれつつ、貸金業界の矛盾に苛立ちを覚えた。


著者は就職氷河期の最中、ある金融機関(某クレジットカード会社かな?)に就職し、新規に作られた督促部門にいきなり配属され督促電話をかけるよう命じられる。
督促というのは、ストレスの溜まる作業だ。
貸した本を返して、と友人に一言告げるのも勇気が必要だ。
ましてや、赤の他人に突然「あなたの借りたお金を返して下さい」と電話をかけるのは、若い女性にとってどんなにツラいことだったろう。


職場は当時出来たばかりの倉庫のような場所。
机の上にずらりと並ぶのは、督促担当者がかける電話機だ。
ここで滞納者リストを見ながら「ご入金のお願いですが…」と電話をかける。
当然ながら「お電話ありがとう」と応えるような債務者はいない。
ましてや彼女がかけるのは、既に数ヶ月も滞納をしている不良債務者なのだ。
受話器からあふれるのは罵詈雑言、哀願、脅迫の言葉の数々。
指導も訓練も殆どなし、先輩もいるにはいるが、みな自分のことで精一杯、指導係の先輩も挨拶なしにいつの間にやら辞めているという過酷さ。


お世辞にもコミュニケーション能力が高いとは言えない著者は電話キョーフ症にかかる。
連日続く深夜の高熱、脱毛、体重の激減、身の回りのことに構わなくなり、お年頃の女性が紙パンツを愛用するようになる。
ここまで落ち込んでも、彼女は辞めるという選択をしない。
各種の本を読み、ビジネスセミナーに通い、先輩方の各種のワザを学び、「督促」という仕事のメソッドを開発、債権回収率を上昇させることに成功する。
 なんとこの本の発行時には、300人のオペレーターを抱える債権回収部門のリーダーとして年間2000億円の債権を回収したという。


どんな逆境にも諦めない、困難にも工夫を凝らして立ち向かう若者という話は、本当に爽やかな成功譚として面白い。
ベストセラーに名を連ねているのも頷ける本だと思う。
ただ、私は個人的に「債務者」と呼ばれる方との接点があり、少々複雑な気持ちにもなってしまう。
どうしても回収率を上げる、という言葉の裏には苦労して返済をしている人々がいるわけで。
彼らは著者の見事な回収テクニックにより、無理をして親類にお金を借りたり、他の金融機関(もしかしたらヤミ金融などの)から新たな借金を増やしているのかもしれない。
周囲の家族や親戚の苦労はいかばかりだろう。


いえ、著者が悪者だと言っているわけではないし、借りた金を返さない方が悪いという誰もが心に浮かぶスローガンを否定しているわけではない。
ただ、彼女を応援するということは、どうしても債務者を悪者にしたてることになってしまう、この本の構造が残念なのだ(だからこそ、登場する債務者は非常に悪質な例が多い)。
一方で、著者は自分の見事な督促と回収について忸怩たる思いを抱いていることが感じられる。
だからこそ、救われるし、最後まで気分を悪くすることなく頑張っている彼女を応援できた。


著者も債権者も、一方的に「悪者」とは断罪し難い。
じゃあ、貸金業界における、私が思う「悪者」は誰なのか。


それは、ニッコリ笑って甘々の与信審査でカードを作らせ、「限度枠が広がりました!」なんて甘い言葉で更なる借り入れを勧める部門の社員の方々、いや、そのような会社の経営方針を決める方々。
彼らは「ありがとう」なんて言葉を聞いておいて、いざ債権者たちが延滞をし始めたら、汚れ仕事を心理的ケアもなく、使い捨てのように雇われた督促・回収部門の社員たちに振って、アフターファイブを楽しんでいる。
本当に著者の苦労を、努力を、工夫を生かして長く働いて欲しいなら、これ以上理不尽なことを言って社員を壊す多重債務者を増やさないためにも、きちんと返せる方に、もしくはこのような督促があることを知らせた上で借り入れをしようとする方に貸すべきではないか。
いや、有効なセーフティネットを提供できない政治屋さん、役人さんたちも同罪なのかも…。


業界の内部から貴重な経験を聞かせてもらって、そんなことまで考えさせられた、本当に中身の濃い本だった。





督促OL 修行日記

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