「人間仮免中」 卯月妙子 著

小学生の時から精神的な病を抱え、やっと出会った愛する男性と暮らしながら、今度は歩道橋から飛び降り自殺を図る。一命を取り留めたものの顔面は破壊され、片目の視力を失った著者が、それでもまた「生き直す」、その日々をマンガで描く。


衝撃的な作品だった。


これは同僚から勧められた本だが、おそらくいつものように本屋で自分が選ぶなら、絶対に手に取らなかった本だと思う。


著者は統合失調症で入退院を繰り返している42歳の女性。
小学5年生から異常体験が始まり、初めて自殺未遂を図ったのが中学3年生の時。
今までに、精神病院への入院は7回、そのうちの2回が措置入院(法律によって強制的に行われる入院)とかなり病歴は重い。
彼女が、ホステスやストリップ嬢やAV女優などの壮絶な過去を経て、やっと愛する人に出会い、ともに暮らし始める。
穏やかな日々の中で、それでも襲われる数々の症状、繰り返す自傷行為
その果てに、彼女はついに歩道橋から身を投げてしまう。
一命はとりとめたものの、顔面は破壊され、片目の視力を失う。
それでも彼女は「生きなおす」ことを選択する。


なぜ同僚が私にこの作品を勧めてくれたのか、それには理由がある。

以前、仕事で知り合った人が冬の海に飛び込んで自ら命を絶った。
以来、時々、日常生活の中でふいに、「なぜ?」という問いに襲われて立ちすくむことがある。
なぜ?なぜいってしまったの?


そんな話をしたら、同僚がこの本を渡してくれた。
私の知人も、著者と同じ精神の病を抱えていたのだ。


何度も胸が苦しくなりながら、この本を読んだ。
お世辞にも絵が上手いとは言い難い。
コマ割りや台詞回しも不自然なところが多々ある。
ただ、強烈に惹きつけられる。
これは人間が精神の病を得て、どこまで社会と適合していけるのか、あるいは適合できなくなり壊れて行くのかという苦しい現実を突きつける本だ。


怖く、苦しい本だと思う。
それでも救いがあるのは、著者を取り巻く人々の優しさと彼らに対する著者の愛情だ。
それが現実の社会に彼女を留める錨となっている。
だけど、著者もやはり死を選んだ。
錨をちぎって、死という海に飛び込もうとした。
幸い、一命を取り留め、この本を書き上げたが、死の誘惑は常に彼女の傍らにある。


読み終えて、なぜ?という問いに回答を得たわけではない。
だけど、一つ分かったことがある。
精神の病を得た方が死を選ぶことに、筋の通った理由は「ない」ということ。
同僚は「病気がそうさせるのですよ」と言う。
そうなのかも知れない。
そして、もう一つ分かったことがある。
人間はどんなに周りの人に優しくされて、本人も生きようとしていても、ふいに死の影にとらわれてしまうことがあるのだ。
それはおそらく私自身も。
冬の海は暗くて怖いと言っていたのに、そこに飛び込んだあの人も、きっと。




人間仮免中

人間仮免中