「盤上の夜」 宮内 悠介 著

盤上で繰り広げられる観念の世界。6つの遊戯を通じて描かれるその「厳しさ」「残酷さ」そして「美しさ」。盤上に存在するのは「なにもの」なのか。

オセロゲームが流行し始めた頃、その「美しさ」にしばらく虜になってしまった。
白と黒が盤上で、一指しによってその模様を次々に変化させる。
世界の変革。
まさに盤上の景色を塗り替えるのは、神の一手に見えた。
善から悪に、天国から地獄に。


この本は全6編の短編集で、それぞれの作品には1つのゲーム、盤上遊戯が登場する。
それらには、私たちのよく知っているものもあり、聞いたこともない遊戯もある。
しかし、それぞれのルールを知らない人も、すんなり作品の世界にはまってしまえるのではないかと思う。
おそらく著者が描こうとしているのは、遊戯そのものではなく、遊戯を通じて浮かび上がる人の運命とか止むに止まれぬ衝動、そして盤上に存在する美しい観念の世界なのだから。
それぞれの作品について、少しだけ。


「盤上の夜」(第1回創元SF短編賞 山田正紀賞 受賞)
囲碁
奇禍に遭い四肢を失った女性棋士が、同じく棋士である男性の手を借りて勝負に挑む。
四肢を失うことにより得た盤上の世界と自分の脳との絆。
石を打つことは氷壁を登るようなものと言う彼女。
彼女の「抽象で世界を塗り替える」という言葉の通り、一手、一手の感性に満ちた表現が美しい。



「人間の王」
チェッカー
タイトルを捨ててでも、コンピューターとの戦いに挑んだ最後のチェッカー王。
コンピューターによって完全解が解かれ、ゲームとしての終焉を迎えたこの遊戯に、生涯を賭けて挑んだ孤独な王はコンピューターとの戦いに何を欲していたのか。
「勝ちたい」というその人間の、あまりに人間的な欲。



「清められた卓」
麻雀
歴史から消し去られた第9回白鳳位戦。
そこでは一体どのような戦いが繰り広げられたのか。
遠い目をして当時の戦いを振り返る参加者たち。
そこには麻雀というゲームを通じて果たしたある目的があった…。



「象を飛ばした王子」
チャトランガ
ヒマラヤの麓の小国カピラバストゥ。
そこに生まれたゴータマ・ブッダの実子、ゴータマ・ラーフラ、〈蝕〉(ラーフ)、「闇」の王子。
弱小国で自分の王としての力不足を呪う日々。
しかし彼の心の奥底では、この世のものならぬ観念上の戦、ゲームが展開していた。
父に捨てられた哀しい王子。
しかし父には父の宿命があるように、息子には息子の宿命がまた、あったのだ。



「千年の虚空」
将棋
一郎と恭二、そして綾。
3人が織りなすゲーム。
そしてゲームを殺すゲームによって、崩壊していく精神。
ゲームによって世界を作り出すこと、ゲームによって神を再発見することは可能なのか。
おそらく彼らはゲームに心を殺されてしまったのかもしれない。



「原爆の局」
再び、囲碁
「盤上の夜」の女性棋士を追いかけ、勝負を挑む若手棋士とそれに付き添う筆者。
棋士たちは、原爆投下された広島のあの日に戦い続けた2人と同じように、外の火よりも熱い内なる火に焼かれながら石を打ち続ける。
さまざまな棋士たちが、悲運にも業火にも負けずに限界まで挑み続けてきたのは、一体なんなのか。



そう言えば、「HUNTER×HUNTER」でも「軍儀」という架空の盤上遊戯がストーリー展開上重要な役割を果たした。
敵の王は盤上で異なる種族である人類の一人と会話し、理解した。
そして現実の戦いを通じて人類に敗れ、最終的に盤上で戦いながら死ぬことを選んだ


盤上にはやはり「なにか」が棲んでいるのかも知れない。
いや違う、もしかしたら人間が盤上に「なにか」を見ようとしている、というのが、正確なのかも知れない。





盤上の夜 【創元日本SF叢書版】 (創元日本SF叢書)

盤上の夜 【創元日本SF叢書版】 (創元日本SF叢書)