映画「アルゴ」

「最低」の脚本が演出する「最高」の脱出劇。手に汗握るイラン革命下での大使館員6人の救出作戦は奇想天外な方法で行われた。余りにも劇的で、余りにもサスペンスフルなその作戦とは。



1978年のイラン。
英米の傀儡だったパーレビ国王はイランの民衆によって地位を追われ、シーア派の最高指導者ホメイニ師が権力の座につく。
いわゆる「イラン革命」がこの映画の舞台である。
急激に進む革命の火の手と、あまりにも遅すぎたアメリカの対応。
その結果、アメリカの在イラン大使館は暴徒たちに占拠され、52人の大使館員らは最終的に444日もの間、大使館で人質生活を送ることになる。


実はその大使館が占拠される直前、逃亡した大使館員が6人いた。
この6人は暴徒に襲われる寸前、裏口から逃げ出し、カナダ大使の私邸に匿われていたのだ。
しかし、イラン側に大使館員の人数が足らないこと、6人が逃亡したことに気づかれたら、大使館に残るアメリカ人も、そして命を賭けて彼らを匿ったカナダ大使夫妻も生命の危機に晒される。
そこでCIAは早急に人質を救出するため複数の作戦を立てるのだが、最終的に採用されたのは、なんとSF映画「ARGO  アルゴ」を撮影するクルーとして彼らを出国させるという奇想天外な「アルゴ作戦」だった…。


大学の卒論のテーマが、イラン革命だった。
宗教と政治との融合とその影響力の大きさというのがテーマで、その頃新聞を賑わせていたこの大事件を取り上げた。
今考えると内容はお粗末なものだったのだが、その後、たまたま就いた仕事で原油相場の動きを分析するよう命じられ、ホメイニ師死去の頃ぐらいまで、原油相場の値動きと中東の政治情勢の分析を毎日報告させられていた。
イランという国は、まさにあの頃、今にも爆発をする「弾薬庫」であった。


したがって、この映画で描かれる当時の中東情勢というのは非常に馴染み深いものだったのだが、しかしこのアルゴ作戦、まったく知らなかった。
まあ、しかしそれは当然のことで、この作戦、当時CIAが関わっていたことは極秘事項、その後クリントン政権下でやっと18年ぶりに初めて明らかにされたという。
当時、救出された彼らはカナダ政府及び大使により救われたとされた。
単身イランに潜入し彼らを救出する重要な役割を果たしたトニー・メンデスの存在は当然ながら極秘、彼に与えられた勲章も授与された直後に取り上げられている(その後返還されたそうだが)。


しかし、人質6人を救うため、1本の映画をでっち上げ、ハリウッドで俳優たちを雇い、記者会見をし、ポスターや広告を作る。
当然、協力するプロデューサーや特殊メークアップアーチストもグル。
脚本はもとより、絵コンテや事務所まで用意する。
嘘のような、でも余りにも余りにもアメリカ的で、劇的で、サスペンスフルな作戦。
まさに事実は映画よりも奇なり、だ。


監督兼主演のベン・アフレックが良かった。
彼は主役のCIA工作員であるトニー・メンデスを演じているのだが、工作員という役目からか極端に表情を抑えている。
確かに一歩間違うといつでも命の危険にさらされている中で、喜怒哀楽を出す人間はいないと思う。
しかしそんな彼の微かな表情の中に現れる別居中の息子への愛情、国家や組織への忠誠心、救うべき人々との間で築いた信頼を守ろうとする意地。
きめ細やかなその演技に、観客は結末を知っているにも関わらず、彼と共に恐れ、焦り、祈り、彼の任務が成功したことを心から喜ぶことが出来るのだ。


また、ベテランプロデューサーや特殊メークアップアーチストの2人もいい。
やらなくてはいけないことを淡々とやり遂げるトニー・メンデスをサポートし、この茶番を最高の技で演出する。
パンフレットによると、特殊メークアップアーチスト役のジョン・グッドマンは「ベン・アフレックに触発されて演技に対する向上心が再熱してきたんだ」と語っている。
まさに演技することにハマっていることが伝わってくるような、素晴らしいシーンの数々だった。


それにしても、映画の中で「ひどい出来だ」と酷評される「ARGO  アルゴ」。
いったいどのような映画なのか、私たちには幾つかの絵コンテと数個のセリフしか明らかにされない。
そこから推察される内容はどうやらスターウォーズの二番煎じといったところなのだが、最低の脚本が最高の作戦を演出する妙。
この脚本を書いた脚本家のコメントを聞きたいなあ。


アルゴ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) (ハヤカワノンフィクション文庫)

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