「化石の分子生物学 生命進化の謎を解く」 更科 功 著

オーソドックスで堅苦しい、「そのまんまじゃん」という題名で損をしている気がするのだが、読んでみるとまるでサスペンス、推理小説のような楽しさ。分子古生物学という学問の面白さを伝える絶好の本。


先日、ネットでこんな記事を目にした。

「鳥類の祖先と考えられている恐竜が翼を持つように進化したのは、飛行よりも求愛のアピールなどに使うためとする説を、北海道大やカナダの研究チームがまとめ、26日付米科学誌サイエンスに発表した。」(河北新報 平成24年10月26日)

すごいなあ。
鳥類に翼が生まれた理由は「愛」ですよ。
この言いきり方に、ときめくなあ。
一体化石からどれほどの情報が得られるんだろう。
急に興味が出てきて、書店にてこの本を手にとってみた。


著者は分子古生物学を研究する研究者。
地球上に生きる生物は、体内に遺伝情報を書き込まれたDNAを持ち、その情報に従ってその姿形も形成している。
つまり逆に言うと、遠い昔に絶滅してしまった姿形が分からない生物であっても、そのDNA情報を知ることにより、類似のDNA情報を持っている生物から、その姿形を推理することができる。
また何世紀も前に亡くなった人物の遺骨のDNAを取り出し、それを現代を生きる子孫と照らし合わせ本人か否かの照合を行うことができる。
分子古生物学は、DNAという共通言語を使って、化石という一見無味乾燥な代物から取り出したほんのわずかの情報をもとに過去を探り今を知る学問だ。


この本で取り上げられているテーマには

ネアンデルタール人は現生人類と交配したか」
ネアンデルタール人と現生人類、実は、これらは人類ではあるが、まったく別々の種だ。
それぞれの骨の化石から古代DNAを取り出し(これが一番大変なのだけれど)、現代人のDNAと比較して交配の有無を探る。
交配の事実はあったのか、またあったとしたら、それはどの地域の人類との間で行われたのか。

ルイ17世は生きていた?」
断頭台に消えたマリー・アントワネット、そしてその息子であるルイ17世は両親の死後数年で、幽閉されたタンブル塔で病死したと言われている。
しかし19世紀に入り、「我こそはルイ17世である」と名乗り出る人物が現れる。
彼は宮廷で実際のルイ17世を知っていた者たちも驚くほどにルイ17世についての情報を持ち、亡くなった際には、その墓に「ルイ17世」と記されたほどであった。
果たして彼は本物のルイ17世だったのか。

縄文人の起源」
今もよく巷間にて話題にのぼる「縄文顏」「弥生顔」。
最近、このようなニュースも流れた。

北海道のアイヌ民族と沖縄の人たちは、遺伝的な特徴が似ていることが、国立遺伝学研究所などの解析でわかった。本州、九州などでは、縄文人と大陸から来た弥生人との混血がより進んだが、南北に離れた地域では縄文系の遺伝的特徴が多く残ったようだ。縄文人弥生人の混血が日本人の起源とする説を、遺伝子レベルで裏付ける成果という。(朝日新聞 平成24年11月1日)

日本人のルーツ探し、これに分子生物学の革命的技術「PCR」(DNAを簡単に何千万倍にも増幅することのできる技術)で挑む。

など。
どれもワクワクするような興味深い話題ばかり。
ただ、筆者の目的はこれらの耳目を集める話題を取り上げて紹介することではない。


何かの役に立つからではない。いや、何かの役に立つかもしれないが、それが目的ではない。過去を知るということは、それ自体が知的好奇心を刺激する営みなのだ。


分子古生物学という学問の素晴らしさを伝え、好きになってもらいたい、それだけ。
本当に、知的好奇心を満足させること、それだけを目的にする学問があっていいじゃないですか。
オーソドックスで堅苦しい、「そのまんまじゃん」という題名で損をしている気がするのだが、読んでみるとまるで推理小説を読んでいるような面白さ。
ぜひ、筆者の願いを叶えるため、たくさんの人に読んでもらいたい本である。




化石の分子生物学――生命進化の謎を解く (講談社現代新書)

化石の分子生物学――生命進化の謎を解く (講談社現代新書)