「首斬り人の娘」 オリヴァー・ペチュ 著

17世紀半ばのドイツ。未だ中世の迷信と偏見を残すショーンガウの街で、作者の先祖である首斬り人クィズルとその娘マグダレーナ、町医者ジーモンが連続する孤児殺人事件の犯人を追う。はたして3人は、魔女の濡れ衣を着せられた無実の産婆を処刑までに救うことができるのか…。




本書「首斬り人の娘」の原著は、2008年4月にドイツで刊行された。
そして、ドイツ国内で14万部を売り上げ、さらにAmazon Crossingの外国の作品を翻訳して出版するというプロジェクトに取り上げられ、ペーパーバック版だけでなく電子版でも発刊。
全米ベストセラーリストにも顔を出し、ついに翻訳版が母国語版の約2倍、30万部を売り上げたという。


舞台は1659年のドイツ南部、バイエルン州の州都ミュンヘンにほど近いショーンガウという街。
時代は17世紀の半ばで、ちょうど、最後の宗教戦争である三十年戦争が終息して10年が経つ頃。
タイミングの良いことに、この本を読む直前に、家族が学校の勉強で宗教改革マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」について調べていたため、ちょうど資料を見せてもらっていた。
そのため、物語にも登場する傭兵たちの背景や、イギリスやフランスが絶対国家として中央集権を図っているこの時期、どうしてドイツでは(小さな街であるとはいえ)未だに「魔女狩り」まがいの狂信的な騒動が起こっているのかなど、違和感なく読めたのはラッキーだった。


さて、この本の主人公は題名の「首斬り人」であり、ショーンガウの街で処刑吏として働くヤーコブ・クィズル。
彼は代々続く処刑吏の一族に生まれ、祖父、父と続く処刑吏の仕事をする傍ら、薬草や医学の知識(実はものすごい蔵書家)を生かして簡単な薬を処方したり村人を診たりしている。
そんな彼の長女マグダレーナが、この作品の題名である「首斬り人の娘」だ。
いや、しかし本書では題名とは裏腹に、活躍するのは処刑吏クィズルと若き町医者ジーモン・フロンヴィーザー。
ジーモンはマグダレーナに惹かれており、物語のあいまにはジーモンとマグダレーナ若い2人の恋バナも挿入され、なかなか楽しめる展開となっている。


この3人の主要人物たちが巻き込まれたのは、孤児たちの連続殺人事件。
両親が亡くなるなどして孤児となり、別の家庭などに引き取られた子供たちが、次々に無残な姿で殺害されているのが見つかった。
それだけならまだしも、子供たちの身体には奇妙な記号が刺青のように入っており、それが「魔女の印」でもあったことから、孤児が慕っていた産婆マルタ・シュテヒリンが「魔女に違いない」と糾弾され襲撃を受ける。
祖父の代に何十人もの女性を拷問・火炙りしてきた街の暗黒の歴史を知るクィズルは、その非合理性と集団ヒステリーの恐ろしさを知っており、シュテヒリンをいったん投獄し身の安全を図った上で、同じくシュテヒリンの無罪を信じるジーモンとともに真相を探る。
イムリミットはショーンガウを治める伯爵が判決を下しにやって来る約1週間後。
それまでに犯人を見つけて無実の産婆を救えるのか…。


先述のように、この真犯人探しに首斬り人の娘マグダレーナはあまり活躍しない。
物語の中盤に顔を出し、なかなかのアクションシーンも見せるのだが、痛い目にあう割に真犯人探しには貢献していないという気の毒な役回り。
また優男のジーモンも、苦労をするものの、骨折り損のくたびれもうけで報われない場面が多い。
おまけにマグダレーナとの恋愛は身分違いの恋なので、父親からは悪し様に罵られ、ツライところだ。
ところが処刑吏クィズルは、八面六臂の大活躍をして真相に迫り、「悪魔」と呼ばれる最強最悪の相手と死闘を繰り広げる。


あとがきや解説を読むと、どうやら処刑吏クィズルは作者の先祖をモデルにしているらしい。
作者の先祖は、200年前に最後の親方認定を受けた先祖まで続く処刑吏の家系で、クィズル・ファミリーは今日までに二十代以上遡ることができるのだという。
いかに法に基づくとは言え、人を拷問にかけ死に追いやることを生業とし先祖伝来の仕事としてきた彼らが、どれほどの矛盾と苦しみを引き受けてきたのか、それは分からない。
しかし自分たちの子孫がストーリーテラーとなり、物語の中で自分たちをこれほどに活躍させてくれたことを知ったら、きっと彼らも喜んでくれたに違いないと思う。


どうやらこの作品は四部作で、このあとも「首斬り人の娘と○○」がシリーズとして続くようだ。
中世から近世への過渡期。
人々が、迷信と偏見から科学や合理的思考へと変化して行く中で首斬り人一族はどう変わって行くのか。
若い主人公たちは身分違いの恋を成就させることができるのか。
きっとこれからは利発で強情な娘マグダレーナの活躍の場も用意されているに違いないと信じて、次回作を待つことにしよう。



首斬り人の娘 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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