「FBI美術捜査官―奪われた名画を追え」 ロバート・K・ウィットマン ジョン・シフマン 著

FBI初の美術品専門の捜査官が、数々の事件でいかにして貴重な美術品を取り戻してきたか。危険な潜入捜査のエピソードの連続。今も世界の何処かで眠る美術品たちを巡る裏ビジネスの実態に迫る。  

本書は、大事件の潜入捜査の場面から始まる。
 
1990年、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から推定総額5億円と言われる名画11点が盗まれた。
これらの絵画にはレンブラントドガフェルメールの手になる作品も含まれており、それらには500万ドルの懸賞金がかけられていた。
アメリカにおける美術品の盗難事件としては最大級のものと言える。
 
そして冒頭の潜入捜査でこれら名画の回収にのぞんでいるのが、この本の作者ロバート・K・ウィットマンだ。
 
彼の経歴は異色である。
彼は、アメリカ空軍立川基地に配属されていたアメリカ人の父と、事務員だった日本人の母との間に生まれ、アメリカで育った。
職業の安定しない父のもと、苦学し、父の興した月刊農業紙の発行を手伝いながら、ずっとFBI捜査官になりたいと思い続けていた彼は、32歳にして、ようやくその夢を実現する。
そして、FBIで初めての美術品専門の捜査官として、その役割を果たすことになるのだ。
 
彼はFBI初の美術品の専門の捜査官というだけではなく、FBIで2004年に美術犯罪チームが設立された当時、たった1人のフルタイムの潜入捜査官でもあった。
彼が潜入捜査を行ったのはアメリカ国内にとどまらず、ブラジル、スペイン、フランスとまさに盗まれた美術品を求めて世界中を飛び回っている。
彼が在籍中に回収した美術品の時価総額は2億2500万ドル以上。
手がけた事件も多数で、この本で語られているのは以下のような事件だ。
 
ロダンの《鼻のつぶれた男のマスク》事件
 
ペルーのモチェ王の腰当て事件
 
南北戦争の古美術品事件
 
アメリカ軍団第十二歩兵連隊旗事件
 
人気TV番組の鑑定人による大規模詐欺事件
 
ノーマン・ロックウェルの作品群事件
 
ブリューゲル《聖アントニウスの誘惑》事件
 
ノースカロライナの《権利章典》事件
 
レンブラント《自画像》事件・・・
 
そして彼のFBI最後にして最大の事件が、冒頭のイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館盗難事件なのである。
 
彼の仕事は潜入捜査だ。
潜入捜査は、自らが囮となって客を装い、盗まれた美術品を売りつけようとする犯人に近づき決定的な証言や証拠を得るという、まさに虎子を得るために虎穴に入る危険な手法だ。
彼は潜入捜査をチェスに例える。
相手を知り、先を読むという点でまさしくそれは手に汗握る知的ゲームなのだが、このゲームは負ければ命を落とす可能性もある。
 
また彼は「犯人は強欲だ」と主張するが、中には美術品を心から愛している(かのように思わせる)犯人もいる。
よき家庭人、よき隣人たる犯人もいる。
彼らを騙して美術品を取り戻さなければならない。
美術品を盗むために嘘をつくのは悪くて、それを捕まえるために嘘をつくのは許されるのか。
何度もそんなことが頭に浮かぶ。
おそらく彼も同じ疑問を抱いているのだろう。
 
このようなエピソードがある。
 
ある潜入捜査で親しく交流した容疑者から、逮捕2日後にメールが届く。
「親愛なるボブ」と始まる手紙にはこのように書かれていた。
「きみがきみの仕事をしなければ、おそらく別の誰かが同じことをしていたんだろうし、その相手をきみのように好きになれたとは思えない。だから文句はない。」
 
さて冒頭の最大の事件がどうなったのか、 それはこの本を読む方のお楽しみにとっておくとして。
 
芸術家がこの世に生み出した美術品は、実は全人類への贈り物だと思う。
金品や宝飾品が盗まれる事件と比較すると、そのかけがえのなさ、貴重さは比較にならない。
それにもかかわらず、専門知識と美術品への愛情を持つ捜査官が、官僚主義や出世優先の上司に振り回され邪魔されることは、まさしく不幸だ。
人類の財産が日々失われつつある現在、国境、人種を超え美術品を守る組織を作る必要があるのではないかとの思いを強く持った。
 
 

FBI美術捜査官―奪われた名画を追え

FBI美術捜査官―奪われた名画を追え