「代書屋ミクラ」 松崎 有理 著

代書屋。それは論文を一定数発表しなければクビになってしまう大学の先生方のために、彼らの研究をまとめ、論文にするお仕事。新米のミクラが一人前の代書屋になるまでの5つのお仕事と5つの恋の物語。


仕事で毎日のように報告書を書いている。
ひたすら書く。
書けない時はお隣の同僚に話しかける。
ただ邪魔するのも悪いからお菓子など勧め「みのもんたがさあ…」なんて芸能ネタを振ってみる。
これで5分くらい気晴らしになるが、それ以上は流石に迷惑そうなので黙る。
だけど、書けない。
仕方がないので新しい仕事をガンガン入れる。
楽しい。
だけど、すればするほど報告書をしたためなければならない。
結局、溜まる…この繰り返しだ。


そんな時、私にもミクラがいたらなあ。
ミクラみたいな素敵でナイーブな代書屋さんがいてくれたらなあ…。


さて、「代書屋」とは。
聞きなれない名前だが、それは論文を一定数発表しなければクビになってしまう大学の先生方のために、彼らの研究をまとめ、論文にするお仕事。
架空の職業だということだが、最近の大学や大学院を襲う法人化や財政難などの厳しい状況を見ると、こんな職業も近い将来は現実になるかもと思ってしまう。
主人公ミクラは、とある地方にある蛸足型の総合大学を卒業後、この大学ですでに代書屋稼業を営んでいる先輩トキトーさんに引っ張り込まれて、この仕事を始めた。
トキトーさんの紹介でなんとか仕事はあるものの、依頼された論文の内容はというと…。


「結婚と業績の相関 男性の研究者や芸術家は結婚後に生産性が落ちる」応用心理工学科
「はげ遺伝子は進化的に中立であることの証明」数理進化生物学
「良心の研究 無人販売の経済学」農業経済学
「結婚における男の評価基準はなにか」文化人類学
などなど。


標題だけで、読んでみたーいと叫んでしまうが、これ実際に論文にするのはかなり難しいのではないかしら?
しかも、主人公ミクラは、なりたてほやほやの代書屋のため、依頼人である先生方から絡まれたり、値切られたり、踏み倒されたり…なかなか仕事は厳しいようで。
そんな鬱々となってしまいそうな状況で、誰を恨むわけでもなく、心の友アカラさまを相手に愚痴をこぼしつつ淡々と仕事に励むミクラ。
うーん、可愛い。
おまけに彼は、仕事の合間にかならず素敵な女性に出会い、惚れてしまう習性がある。
そのため、その恋の行方も気になるところだが、なんだかこちらの方は相当厳しい。
つまり本書はミクラの成長物語にもなっていて、先ほどの論文を一つ一つ完成させるごとに彼は代書屋さんとして、一人の男性として、強くなって行くのである。


いま近くにミクラがいたら、美味しいコーヒーでも入れてあげて、肩をお揉みし、日々の報告書と原稿1件、パワーポイントの資料を2件、至急で依頼するのだけれど。
とにもかくにも、1冊ではもの足りない、代書屋ミクラの更なる面白論文と、恋の成就をぜひ続編で読んでみたい。
知らず知らず、ミクラの優しさやナイーブさは人を「おかん」にさせ、その行く末をどこまでも見守りたい気持ちにさせてしまうのである。


代書屋ミクラ

代書屋ミクラ