「月下の犯罪」 サーシャ・バッチャー二著

本書の副題「一九四五年三月、レヒニッツで起きたユダヤ人虐殺、そしてあるハンガリー貴族の秘史」で挙げられているのは、1945年3月24日の夜に、ハンガリー国境沿いのオーストリア、レヒニッツという村で約180人のユダヤ人が虐殺され、その遺体を同じユダヤ人に埋めさせたうえ、彼らもまた射殺されたという事件のことだ。

それはヒトラーが自殺をする一月前の出来事だった。

そしてこの事件には、著者の大伯母マルギットが関わったともされる。

著者はこの事件の真相を探るため調査を始めるのだが、その過程で、同じく戦時に起こった「別の事件」について書かれた祖母の遺稿を発見する。

その遺稿は死後破棄するよう遺言されていた。

 

本書のメインテーマとなるのは、むしろこの遺稿に記された事件の方ではないかと思う。

そこに溢れる祖母の後悔の念は、彼女の死後も筆者の父や筆者自身の人生にまで暗い影を落とし続ける。

非人間的な暴力が子孫の人生にまで及ぼす影響の大きさ。

自分の子どもを思わず殴ってしまった自分を思い返して著者が呟く一言が怖い。

そして本書で繰り返される「自分だったら正しい行いができたのか」という著者の問いが重い。

おそらく私も著者と同じ答えをするだろう、「否」と。

取り憑かれたように戦時のことを綴った祖母と、精神的に不安定になり治療を受けながら南米にまで渡って祖母の思いをかなえようとする著者の「100年の絆」。

それは著者を過去へと縛りつけ、苦しめるが、祖母の願いーー「なにも失われてはならない」ーーは、彼が引き継ぐことになる。

それは呪いか、より良い未来への約束か、分からないけれど。

 

月下の犯罪 一九四五年三月、レヒニッツで起きたユダヤ人虐殺、そして或るハンガリー貴族の秘史 (講談社選書メチエ)

月下の犯罪 一九四五年三月、レヒニッツで起きたユダヤ人虐殺、そして或るハンガリー貴族の秘史 (講談社選書メチエ)