「欲望の資本主義」 丸山俊一,NHK「欲望の資本主義」制作班,安田洋祐

本書は、経済学者である大阪大学の安田洋祐氏がノーベル経済学賞受賞のスティグリッツ、24歳でチェコ大統領の経済アドバイザーになったセドラチェック、ベンチャー投資家のスタンフォードの3人にインタビューをしたNHKの経済教養ドキュメンタリー「欲望の資本主義」を元に未放送インタビューも含め書籍化した本である。

 

ちょうどこの本を読んでいた頃。

閉店セールで地元のデパートがすごい人出だった。

この客の半分でも、3分の1でも毎週ここに通っていればこんなことにはならなかったのでは…と思いつつ、私も買うつもりもなかった調理器具や洋服、靴などを物色。

いま持っているものが壊れたわけでも着られなくなったわけでもないのに。

なんだろう、他人が嬉しそうに商品を買っているのを見ると、自分も手に入れたいと思ってしまうこの気持ちは…「買う」瞬間に味わえる興奮は麻薬的だ。

 

商品は買う人がいてこそ意味を持つ。

人間が居てこそ市は立ち、人間の欲望が続くことで市場は繁栄し永らえる。

世界経済も飽くことなき欲望を抱えた人間の存在を前提に制度設計されている。

セドラチェクは、現在の経済は内部に商品の供給過剰と、消費者の債務の拡大という問題を抱えており、そこから彼はGDPという目標、数値的指標だけを見て判断する経済はいずれ破綻すると考え、経済の成長神話に疑義を唱える。

人間だって、少なくとも一定の時期が来ると成長のスピードは鈍化し、安定期、そして衰退期を迎える。

社会だって人間の集合である以上、同じような経過を辿るのではないかと彼は言う。

それの何がいけないのか、と。

 

これに対してベンチャー投資企業のシェルパキャピタルCEOのスタンフォード氏は、テクノロジーが世界を変え、更なる成長を促す、世界は更に前進し続けると熱く語る。

確かに人が混み合うバーゲン会場に足を運んでくたびれるよりも、自宅で大手ネット通販会社のHPをサーフィンし買い物をする方が効率的だ。

人間は楽なもの、便利なものを求めて移動するというのが彼の理屈だけれど、その結果、どうなるかと言うと、古いものや不便な地域、産業分野はうち棄てられることになる。

しかし彼によると、それは自然淘汰であって、人類全体で見れば人は進化し、よりよい生活に向かって前進している、ということになる。

しかし、棄てられる地域、分野で、いままさに働いている人がいる。

まるで閉店の決まったこのデパートのように。

いままさに、人は自分の置かれた場所で生きて働いているのに。

 

閉店セールのデパートでふと佇み、買っても買ってもおそらく有り余るだろう商品の数々と忙しそうに接客する従業員の方たちを見つめて考える。

明日から彼らはどこで働くのだろう。

私たちは皆、生活の糧を得るために仕事が必要だ。

そして仕事は私たちが、それを通じて自分と社会が繋がる紐帯であり、自分の世界を変えるための手段でもある。

夢の「右肩上がりの経済成長が続く世界」における仕事は、常に他の誰かよりも創造的であることが要求されるものであり、それができない人はありとあらゆる手段で他人を蹴落とし、生き残りをかけて戦う必要があるのか。

自然淘汰に逆らうために。

しかし誰もがそれをできるわけではない。

私たちは、誰もがなにがしかの仕事を得て、そこで得た糧をゆるやかに融通し合えるシステムを構築することができないだろうか。

スティグリッツが「アダム・スミスは間違っていた」と語り、「見えざる手」を無邪気に信頼できる時代では無いことを指摘し、政治が経済的な不平等を解消する必要があると主張するのはそういったことではないのか。

 

なお、本書には続編「欲望の資本主義2」があり、そこではフランスの経済学者であり思想家でもあるコーエンと安田氏の、そしてセドラチェックと気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルとの対談が収録されている。

どちらも、果たして欲望とは無制限に解き放ってよいものなのか、これからの未来に生きる人は何によって幸せを感じるようになるのか等、思索が深まる本だった。

 

 

欲望の資本主義

欲望の資本主義

 
欲望の資本主義2

欲望の資本主義2