「アーサー・ペッパーの八つの不思議をめぐる旅」 フィードラ・パトリック 著

人生に発見を、偶然を、ハプニングを、新しい出会いを!そしてそれらを受け容れ、違う世界に踏み出す勇気ある一歩を。

本書の主人公は、40年以上添い遂げた伴侶のミリアムを亡くし、毎日のルーティンワークに埋没することでなんとか生きている69歳のアーサー・ペッパー。
お向かいさんとは挨拶程度、心配して訪ねてくるお節介なお隣さんからは居留守を使って逃げ回り、母親の葬式にも出てこなかった娘、息子とはなんとなく疎遠になっている。
そんなアーサーだが、ある日思い切ってミリアムの身の回りの品を少しずつ整理することに。
ところがミリアムの遺品の中から、生前のミリアムからは見せられたことも聞かされたこともない八つのチャームがついたゴールドのブレスレットを発見し困惑する。


妻とは地元の町で偶然出会い、静かに愛を育み、同じ家で40年あまり暮らし、2人の子どもたちを一緒に育て上げた。
夫妻は毎日を同じように、しかし丁寧に愛情込めて過ごした。
自分たちは平凡ではあるが唯一無二で、その間にはなにも秘密はないと思っていたアーサー。ブレスレットに妻の「秘密」を感じ取り、それを知ることを怖れながらも、心に潜んでいた冒険を切望する気持ちに気づき、ゾウ、花、本、パレット、トラ、指ぬき、ハート、指輪の八つのチャームの由来を探求する旅に出ることを決心する…。


愛し愛される人がいるということは素晴らしいことではある。
しかしアーサーの暮らす世界は、ミリアムと子どもたちが中心で、その家族から繋がる友人や知人が世界の構成員だった。
そして子どもたちが巣立ったのち、ミリアムがいれば、アーサーにはそれで十分だった。
ところが、この旅をする中でアーサーは69歳にして初めて、彼とはまったく違う世界を持った「他者」がいることを発見する。

他の人間がどんな暮らしをしているのか、わずかでも考えてみようとしたことは過去になかった。国民全員が自分の家とまったく同じ間取りの家に住んでいるのだろうと、アーサーはそんなふうに思っていた節がある。自分と同じように、みな毎朝同じ時間に起きて、日課を着々とこなしているのだと。

自宅を出たアーサーは、トラに襲われたり、強盗にあったり、見ず知らずの人の家に泊めてもらったり、孤独な誰かのために手を差し出したり、妻以外の女性とデートをしたり。
その中で彼は知る。
この世界には自分とミリアムと子どもたち以外の他者が泣き、笑い、必死に自分の人生を生きている!
そしてアーサーは以前とは違う気持ちで、よく知っていると思い込んでいた子どもたちやご近所さんと向き合い、そして知る。
彼らが思いもかけない苦労と秘密を抱えていたことを。
うまく生きているように見えた彼らも、独り、それぞれの寂しさに耐えられずにいたことを。
アーサーと同じように。


先日、息子と膠着した社会的格差などを解くには何が必要なんだろう、という話をしていた。
もちろん、それは政策とか制度つくりとか行政の指導とか、そのような大きな枠組みで語ることもできるとは思うのだけど、主語が大きすぎて私たちが考えるには難しすぎる。
だけど個人のレベルで語ってみるなら、それは偶然の出会いとか突発的な事故とか、その人の生き方のルーティン、習慣を破るなにごとかではないかと話した。
確かにアーサーの膠着した人生を打開したきっかけは、ブレスレットの発見という偶発的な出来事だった。
けれど彼の生き方を本当に変えたのは、ドアを開ける、外に出る、人に会う、というささいな、けれど彼にとってはとても勇気のいる「行動」だったのだ。


人生に発見を、偶然を、ハプニングを、新しい出会いを!
そしてそれらを受け容れ、違う世界に踏み出す勇気ある一歩を。


アーサー・ペッパーの八つの不思議をめぐる旅 (集英社文庫)

アーサー・ペッパーの八つの不思議をめぐる旅 (集英社文庫)