「貧乏人の経済学」 A・V・バナジー 、 E・デュフロ 著

最近、仕事の関係でたびたび「貧乏人は努力が足らない、自己管理能力が低い」というもっともらしい言葉を述べる人と出会うので、検証と反論のために読んだ。
本書は「経済学」という題名ではあるが、単純な分析や学術的な論考ではなくて、食糧や医療、教育、子作り、お金のやり繰り、貯蓄、仕事…これらの具体的な問題について著者がランダム化対照試行(RCT)という手法を用いて、以下のような貧困にまつわる疑問を丹念に調査、実証を繰り返して解決策を提案している。

・食うにも困るモロッコの男性がテレビを持っているのはなぜ
・貧困地域の子供たちが学校に行けるのになかなか勉強できるようにならないのはなぜ
・最貧困にある人たちが食費の7%を砂糖にあてるのはなぜ
・子供が多いと本当に貧しくなるの

著者はこう提案する。

あらゆる問題を同じ一般原理に還元してしまう、怠惰で紋切り型の発想を拒絶しましょう。貧乏な人たち自身に耳を傾けて、彼らの選択の論理を頑張って理解しましょう。まちがえる可能性を受け容れて、あらゆる発想、それも明らかに常識としか思えない発想も含めて厳密な実証試験にかけましょう。


本書を読んでわかったのは、ある人が貧乏であるということは、その人が生まれつき自己管理能力が低いという薄っぺらで個別的な理由だけではないということ。
将来に希望を抱けない環境にいる人は、展望が開けない以上そもそも計画的に生きるということができず、その結果、自己管理能力も衰えてしまうのだ。


つまり「貧乏」を解決するためには、その人々が希望を抱くことのできる明日、来週、来月、来年を提示できる環境が必要で、そのためには病気にならない清潔な社会環境やその人が安心して働ける良い仕事が必要、そうして初めて人は将来のために自分を律して計画する、貯蓄する、などの行動を行うことが可能になるのだ。
これらの環境は先進国では、衛生的な水や病院などの医療機関、保険制度などとして社会システムの中に組み込まれているためより少ない努力で将来への展望を持つことも計画的に生きる訓練もできる。
しかし、それはあくまでも偶然のアドバンテージであって、本人の能力の差とまでは言えないのだ。


ある問題について、個々人の性格や環境や社会などに責任を帰することは簡単で、そうすればとりあえず自分は何も変わらず反省もしないでいられるかもしれない。
けれど、原因と結果は容易に反転する。
個々人の性格がその人を貧困に陥らせているだけではなく、貧しい環境がますます希望や展望を奪い人を貧困に陥らせていることも知らなければならない。
そしてそのループを断ち切り貧困問題を解決するためには、生まれながらに恵まれた環境にいる人にも応分の負担が要求されることになる。
それがわかるからこそ、「貧乏人は努力が足りない、自己管理能力が低い」と原因を矮小化するのではないか。
わかりやすい結論に飛びつく人には飛びつく理由があるのだと考えさせられた。


貧しい人になぜ我慢することや将来に備える生き方をすることが自分や子供たちのためになるのかを理解してもらうことも、それが結果的に社会全体の総体的な利益と安定につながることを恵まれた環境の中で生きている人々に理解させることも、難しい。
けれど、とりあえず希望と知識を武器に努力は続けなければいけない、と著者は言う。
本書を読んだことは、貧困問題、またあるべき社会システムについて考えるよい機会となった。


貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える

貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える