「肉と衣のあいだに神は宿る」 松井 雪子 著

たぶん神様はそこらここらにいて、いつでも見つけられるのを待っているのかもしれない。それが見える人に。

本書の主人公は美衣。
美味しい「さくさくかつ丼」を提供する、行列ができる店「情熱とん」の看板娘だ。
ある時、三十歳を過ぎた美衣は唐突に「婚活」を始める。
手始めに観光協会主催のお見合いトレッキングに参加、また地元にある結婚相手紹介所にも登録し、見合い相手とデートをしたり食事をしたり。
年齢的にはちょっと不利かもしれないけれど、美人の美衣はいつでも引く手あまたの存在だ。
だけど、美衣はどの男性と会っても、なぜか結婚へと踏み切れない。

私は神様がいる場所を知っている。
お父さんが、厨房で作るとんかつ。

どんな時も決して手を抜かず、すべての感覚を捧げてとんかつをあげる父。
美衣はその父のとんかつの肉と衣のあいだに神様がいると思う。
実は、美衣にも不思議な力があって、お客の様子を観察して、相手が一番欲しがっているであろうお味噌汁を出すことができるのだ。
その人を包んでいる外側のよろいを外し、肌を重ねるように、心に寄り添う。
そうすると、その人の欲しているものがひらめくのだという。


毎回、いろんな男性と出会い、会話をして、言葉の真意を探りながら、結婚の実現度を測る。そのやり取りは、それはそれで読んでいて愉しいのだけれど、最初からなんだか腑に落ちない気がしてならない。
なぜなら私は美衣さんに、婚活をする必然性を感じないからだ。
美味しいとんかつを揚げる父と妹思い(というには度がすぎるが)の兄と可愛い姪。
店での仕事も、家族みんなとの暮らしも、近所の人たちとの関係も良好。
うらやましくなるほど不満もなく、いやむしろ「幸せ」とだって言える状況で、なんのために苦手な婚活をしてまで結婚相手を探さないといけないのか、理解できなくて。
その疑問は最終章で解けたのだが…やっぱりちょっと腑に落ちてない。


最近、公私ともに忙しい日々が続き、ふと気づくとベランダのプランターに植えていた花木が枯れてしまった。
水だけはあげていたつもりだったけれど、思い出すといつもおざなりだったような気がする。
仕方なく母に緊急出動を要請し、土をごっそり入れ替え(私)、店で新しく苗木を選び(母)、購入し(私)、運び(私)、枯れかかった樹々を剪定し(母)、彩りを考えながら相性の良さそうな苗を寄せ植えして小さな庭園を完成させた(母)。
新しく柔らかい土に根を張り、生まれ変わったように生き生きしている草花を見ていると、母には植物の声が聞こえている、母の「みどりのゆび」には神様がいる、と信じていた子どもの頃を思い出す。


美衣のように、美衣の父のように、私の母のように、天から授けられた才を発揮している人は、それだけで神様に特別に愛されているように感じる。
人は自分が授かった才を、自分以外の誰かや何かを通して少しずつ世界にお返ししながら生きていけたら、それはそれで十全に生きたと言えるのではないだろうか。
たとえ結婚相手には巡り会えなくても。
本書を読んでいると、美味しいとんかつの肉と衣のあいだに神様を見つけられるような、そんな心を持って生きていけるならば、美衣にとって結婚するかしないかはさほど重要ではないような気すらするのだ。


それにしても、本書を読んでいる間、ずっとずっととんかつと味噌汁が食べたくて食べたくて!
糖質制限生活の禁を破り、とうとう2日間、とんかつ定食とかつ丼定食のはしごをしてしまった…糖質(プラス脂質)はやはり最強なのだ。

肉と衣のあいだに神は宿る

肉と衣のあいだに神は宿る