「蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ」 ケン・リュウ著

「紙の動物園」のケン・リュウが語りなおすSF版「項羽と劉邦」。

本書の主人公は2人の男。
1人はある国の由緒正しい貴族、有名な将軍の孫として生まれたが、生後まもなく故国は他国との戦いに敗れ、祖父をはじめ一族の者は年若い叔父一人を残して全員が敵に殺される。
男は復讐を誓い叔父とともに武術の腕を磨き、皇帝の死をきっかけに各地で起こった反乱に乗じ猛将として天下取りの戦に挑む…。
もう一人は定職にもつかず昼間から飲んだくれてタダ飯を喰らい、家族からも見放されている札付きの不良。
しかしながら不思議な魅力と愛嬌に恵まれた彼のもとにはさまざまな人々が集まり、有力者の娘とも結婚、彼らに担がれ、彼もまたもう一人の男とともに天下取りの戦に加わることになる…。


この設定を、どこかで聞いたことがあるようなと思った方もいるのでは。
そう、本書は作者ケン・リュウがSF、ファンタジーの要素を取り入れ語り直した「項羽と劉邦」なのだ。
しかしながら、そこは「紙の動物園」の作者、ただただ有名な古典を単純に焼き直したわけではない。
時代や背景をSF的に改変、より親しみやすくアレンジしており、初めて手に取る人はこれをきっかけにして「項羽と劉邦」と出会うのかもしれない。
それはそれで楽しいかも…(とは言え、表紙のイケメンは誰?アレンジにもほどがあるのでは?っていうくらい本書には原作同様おじさん臭が漂ってます)。


さて本書の舞台は、中国ならぬダラ諸島という7つの国を有する列島で、各々の国はそれぞれ特色のある文化、風習を持っている。
一方天上界にはこれらの国を見守るそれぞれ個性的なダラの守護神たちがいて、直接人間には手出しをしてはならないというルールに縛られつつ、やはり独自の駆け引きや計算を働かせて人々の運命を操っているという二重構造。
人間臭い、個性的な神サマたちのやり取りも結構楽しい。


この7つの国がそれぞれバランスを保ちつつ平和に暮らしていたある時、列島のはずれにある島国ザナが飛行技術を開発、他の国々に飛行船団と大艦隊で攻撃をしかけて制圧し一大帝国を作り上げ、皇帝マピデレのもと各地に暴政を敷く。
しかし初代皇帝の威光も生命も衰え始めた頃、あまりの無慈悲な圧政に、民たちが各地で反旗をひるがえし始める。
叔父と一緒に故国の復活をかけ立ち上がったマタ。
一方、人々に担ぎ上げられながら、山賊の頭領から徐々に頭角を現していくクニ。
この第一巻では、境遇も背負うものも異なる2人は互いに相手を認め合い、ともに戦うことを誓うのだが…。


項羽と劉邦」を読んだのはたしか中学生だった頃だったと思うのだけれど、本書を読んでいるとこの人物はあの人かなぁ、たぶんあの人だろうなぁ、だとしたらこの人はあんなふうになって、こんなふうになって…などと次々に記憶が数珠つなぎに蘇り、新作を読むのとはまた別の楽しみが。
当時、「項羽と劉邦」を皮切りに「三国志」などに手を出して夢中になって読んでいたのは、残酷さや非情さもありながら、敵味方関係なく論理や理屈より義理人情や感情に動かされる登場人物たちや、ちょっと大げさな喜怒哀楽の感情表現が肌にあっていたのだと思う。
その肌あいのようなものはSFの衣をまとってもやはり変わらない。
もう少し美女要素が増えることを期待しつつ、第一部完結編の次巻を読むことにしよう。