「失職女子。 〜私がリストラされてから、生活保護を受給するまで」 大和 彩 著

人生という実に不公平な設定のRPGで、何度もよみがえり、立ち上がるんだ。

本書は、37歳の著者が、大学を卒業してから就職、リストラ、心身の衰弱などによる通院…これらを経て生活保護を受給するに至るまでの記録である。
このように書くと彼女がなにやら問題を抱えた困った人のように思われるかもしれないが、全編を通じて伝わってくるのは、実家の両親に幼い頃から虐待を受け、精神的な痛手を抱えたまま成長した著者の、しごく真面目で人一倍繊細な性格だ。
大学を卒業し、なんとか自立を目指して就職した著者だが、体力的な限界や両親からの嫌がらせなどによって挫折、リストラ後の100社以上に及ぶ求職活動はほとんど面接にすら辿り着けず、アパートの退去を迫られ、手持ちの現金は3000円…まさしくどん詰まりの状態に追い込まれる。
誠実に努力しているのに、なんだか全ては裏目裏目に出てしまう、読んでいるだけで息がつまる。


仕方なくハローワークの窓口や役所の福祉課の窓口で相談をする著者。
有益な助言を受けながら、生活の安定はなかなか得られない。
そしてとことん行き詰まっているのに、彼女は生活保護を受けるということに躊躇する。
理由の一つが福祉行政に対する不信感があったこと、そしてもう一つの理由が幼い頃から彼女を虐待していた家族に扶養調査が入ることを避けたかったことだ。


そういえば生活保護に関するバッシングが行われていた頃、親族であるタレントの扶養義務について無関係の一般市民から執拗な中傷、非難が投げかけられていた。
生活保護を受けるための審査の厳しさや不正受給を疑われる人物への執拗な非難、福祉課の職員は彼らを徹底的に摘発すべきであるとの主張。
それらは一体誰のために何のためになされていたのか今も分からない。
ただ、それらは「生活保護」をアンタッチャブルなものに思わせることに大いに寄与した。


だが実際には、著者が出会った福祉課の職員はみな的確な助言と優しい配慮を著者に示す(それは当然と言えば当然なのだが)。
また、もちろん扶養調査を回避する方法はあり、窓口でそれを教えてもらった著者はようやく保護申請にこぎ着ける。
彼女が聞いていた噂、思い込みは、事実に反していたのだ。


一時期ほどではないが、生活保護に対するバッシングや誤解は今も世間には蔓延している。
生活保護バッシングの問題点は一つに役所に対する不信感を植え付けたこと、保護を受給することは罪悪であり受給者はダメな奴であるという印象を与えたこと、生活保護に関する間違った知識ーーデマゴーグを広めたことではないかと思う。
それが著者のような真面目な人間を最後のセーフティネットから遠ざけることに繋がっている。
著者が生き延びることが出来たのは、本人の努力とめぐり合わせの幸運の賜物なのだ。


もう一つ、本書を読んで感じるのは、人を助け、人に助けられることの難しさだ。
人と対応する仕事をしていると、明らかにある力に恵まれている人と、残念ながらその力を発揮できていない人がいると気づかされる。
その力とは、人から助けてもらう能力だ。
他人に「助けて」と声に出して訴えることができること、気持ちよく助けてもらえることは、ある人にとっては容易く、ある人にとっては実に難しく、これを私は一つの才能ではないかと思っている。


助けてもらう能力が不足している人の共通点として、その人が根本で「私は助けてもらうに値しない人間だ」と考えているということがあると思う。
著者もまたそのような思考回路に陥ってしまうことがあるようで、謙虚さは美点でもあるのだけれど、それは一方で自己評価の低さでもあり、そのような人はどんな窮地にあっても自分は生きるに値する!という自信が足りずもう一歩のところで諦めてしまう気がする。
またもう一つの共通点として、「デマなどを信じやすく正しい情報を見つけ出すことが苦手だ」という点があると思う。
真面目な人ほど他人の虚言妄言を信じやすい。
せっかくのネットサーフィンが、デマばかりを収集することになっているのでは、いっそ知らない方が幸せだ。


人を助ける能力の方が分かりやすいし、評価しやすく、批判もしやすい。
だから世間では政府の政策やセーフティネット不足や行政窓口の職員たちの対応の悪さ、能力の不足などにすぐに攻撃の的にする。
だけど、実際のところ問題は助ける側だけにあるんじゃない。
助けられる側にもある問題点、生じるミスマッチとその解決のより一層の難しさ。
本書はそれを浮き彫りにしていると思う。
一人でも多くの人が本書に出会い、一日でも早く助けを求める力を得られるように。


人生はRPGみたいだ。
でも市販のものとは違い、このゲームではスタート時に各々が持てる装備には個人差がある。
また旅先で出会う村人たち全員が正しいヒントをくれるとは限らない。
ラスボスが必ずしもラストに登場するわけではなく、スタート直後に登場してコテンパンにのされてしまう人もいるだろう。
実に不公平だ。
だけど、RPGというゲームの良いところは、主人公が経験値を稼ぎ、失敗しても何度もトライできるところだ。
何もかも失ったと思っていても、復活の目はある、とにかくもう一度立ち上がろう。
人生というこのRPGの目的は、誰よりも早く出世することでも、誰よりもたくさんお金を稼ぐことでもない。
その最終目標は、「ゴールまで生き延びること」なのだから。



失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで

失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで