「運転見合わせ中」 畑野 智美 著

電車にひと乗りする間に人生のあれこれが解決するお話もいいけれど、現実はそんなに単純なものじゃなくて、多くの人が「人生の運転見合わせ中」のただ中でもがいてる。

これは事故で「運転見合わせ中」となった私鉄のとある駅での出来事。
そこに居合わせた6人のそれぞれの物語だ。


「大学生は、駅の前」
主人公は東京の私大3年生の町田君。
彼はなんとなく大学に入り、なんとなくフットサルサークルに入り、なんとなく今の彼女と付き合い、なんとなく毎日を過ごしている。
ある日、最寄り駅の前で入学してすぐに一目惚れした憧れの同級生上原さんに会う。
折しも大学に向かう電車は運転見合わせ中、2人は一緒に歩いて駅に向かうのだが…。


「フリーターはホームにいた」
主人公は大学を3回留年してフリーターとなった永山さん。
アルバイトでたこ焼きを焼いているのだが、最近遅刻続きでさっぱりやる気も出ない。
運良く最寄り駅が運転見合わせ中となったことから、ついでに知らない街、知らない場所に行ってみようと考える…。


「デザイナーは、電車の中」
主人公は芸大出身で小さな事務所でデザイナーをしている高畑君。
在学中は自分の才能に自信があった彼だけど、現在の自分がたいした仕事もできずにくすぶっていることに焦燥感を抱いている。
そんな時、憧れの大手のデザイン事務所に勤める大学時代の友人が転職の話を持ってくる。
その運命の面接の日、乗った電車は飛来物のための運行中止となり、彼は…。


「OLは、電車の中」
主人公は出版社の人事総務部に勤める立川さん。
彼女は短大卒業後に入社した今の会社を寿退社するのが夢。
今朝は付き合い始めた社内のできるオトコ飯田さんの部屋から出勤したため、昨日と同じ服になってしまった。
誰よりも早めに出社したかったのに、なんと乗った電車が途中で運行中止となり、欠勤しようにも同僚の一人と乗り合わせてしまい…。


「引きこもりは、線路の上」
主人公は2年以上自室に引きこもっている18歳の男の子、神田君。
引きこもってはいても彼なりに家の中のこと、家族のことは気になっているし、将来も不安でいっぱいだ。
そんな時、可愛がっていた妹からいきなり家族に持て余されている自分の現実を突きつけられ、居場所をなくした神田君は、2年ぶりに家を出る。
電車に飛び込んで死ぬために…。


「駅員は、線路の上」
主人公は父の夢を継いで鉄道会社に入社した駅員の加奈。
幼い頃に母を亡くし、男手一つで育ててくれた父の夢、運転士になることを目標にしつつ、彼氏である片倉君との結婚にも心が揺れている。
中途半端な自分に自己嫌悪を感じつつ、飛び込み事件に巻き込まれた彼女は線路の上に…。



事情はそれぞれだけど、どの登場人物もみんな情けないほどに「人生の運転見合わせ中」状態。
中には「甘えんじゃない!」と説教の一つもしたくなる子もいる、「はっきりしろ!」とぶるぶるゆさぶりたくなる子もいる。
だけど、一緒に読んだ娘は、しきりに「あるわーこんなこと」「いるわーこんな人」と呟いていた。
思えば、全員10代後半から20代の若者たち。
みんなまだ何者でもない自分を持て余し、どこに行き着くかわからない路上で途方に暮れている。
そんな停滞している人が味わっている苦しさや痛み、決して分からないわけじゃない。


でもね、運転見合わせ中の方には申し訳ないが、本書を読んで思うのは、停滞できる幸せ。
立ち止まることのできない過酷な状況や大事なものを捨てなきゃいけない場面が人生には沢山あって、決断、決断の繰り返しで、人は時刻表通りに運行するコツと取捨選択の基準を学ぶんだろう。
ある日の「運転見合わせ中」がもたらした彼らの停滞をうち砕く小さな決断。
読みたいなあ、見たいなあ、と思う。
もがいてもがいて、彼らが向う「これから」を。



運転、見合わせ中

運転、見合わせ中