「図書室の魔法」 ジョー・ウォルトン 著

無理に自分を変えなくても、自分が大好きなものをパスポートにして、どこかにいる仲間を探し出せる。そしてそれは、宇宙や異世界を旅するより心躍る冒険になるかもしれない。



1979年、本書の主人公モルウェナ、通称モリは15歳。
双子の妹モルガナ(通称モル)を事故で喪い、同時に自分は脚に重い障害を負ってしまった。
そのうえ彼女は、母親と対立して故郷ウェールズを飛び出し、顔も覚えていない父親を頼りイングランドへ、そして全寮制の寄宿学校で暮らすことに。
本書の原題は「among others」。
突然、自分の分身のような妹とあたたかい環境から引き離され、異なる環境、異なる人々の中で暮らすことになったモリの孤独を表すのにこれほど相応しい題名はないと思う(そのため、邦題は本質から逸れていると感じるので、私はちょっと違和感がある)。


主人公の境遇を簡単に説明するとこんな感じで、これだけだと本書は至極普通のヤングアダルト学園モノと思われるかもしれない。
ところが、 ヒューゴー賞ネビュラ賞、英国幻想文学大賞を受賞したことからもわかるように、この本の主人公モリはただの可哀想な少女ではない。
彼女は無類の本好きで乱読家、本書に登場する彼女の既読履歴を眺めると、15歳とは思えないほどのラインナップで、そのほとんどは古今東西SF小説だ。
1日数冊を読了し、いわゆる名作と呼ばれるSF小説までをも、時には絶賛し、時には辛辣に評する彼女の批評家ぶりはとても15歳とは思えない。


そして彼女がただ者じゃない理由はそれだけではない。
なんと彼女はフェアリーと話すことができ、悪い魔女である母親に対抗するため少しだけ魔法を使うこともできるのだ……と、こう聞くと今度はファンタジー?と思うだろうが、それもまたちょっと違うんだなあ。
ただ、彼女のプロフィールや、これらの特徴を読めば分かると思うのだが、彼女は少し…いやかなり周囲から浮いている。
ただでさえもの珍しい転校生が、変わり者なうえ障がいを持っているとくれば、学校生活が極めて順調とは言えないのも仕方ないことだろう。


どうして私は「こんな私」なのだろう?どうして私は「こう考える」んだろう?そんな風に思ったことはないだろうか。
15歳の頃、私は自分が地球人の中の宇宙人であるかのように思えていた。
家族も同級生たちも、誰も、私とまったく同じように感じていない。
私の好きなものを同じように好きな人はいないようだし、大好きな本を同じように大好きだという人を見つけられない、同じ夏休み課題図書を読んでも、同級生の誰も私が感じるようには感じていない。
今考えると当たり前のことで、実際には私の「世間が狭かった」だけなのだが、その時に感じた孤独感は、絶望的なほどに深く冷たく、これから生きて行く時間の長さが重く重くのしかかってきて、圧死しそうだった。


さて、寄る辺ない現実の中で、モリはどうやって生きる希望を見出したのか。
そのきっかけを作ったのは本だった。
優柔不断で現実と適応できない様子の父親とは、共通点であるSF小説を間に挟んで、少しずつ理解を深めていく。
またある読書会に参加することによって、大好きなSF小説をともに読み、批評し合う場と仲間を得る。


自分が大好きなものを同じように好きな人がいること、感じたままを口にしても笑われずむしろ熱い議論を交わせる人がいることを知り、現実の世界に希望を見出すモリ。
どれほど本を愛し、それがあれば幸せだと思えても、人は「これって面白いね」と言い、「そうだね」って答えてくれる存在を必要とするんだな。
まるでネットの中で同好の士を探したり、こうして大好きな本の感想を言い合える場を持つように。
そして1979年当時より、インターネットが普及した現在の方がそんな場を見つけることは容易かもしれない。


おそらくモリが対峙している「others」は、人だけではなく、自分を取り巻く世界すべて。
イングランドにまで呪いを送る悪い魔女である母親、モリを寄宿学校に追いやった伯母たち、障がいをわらいものにする級友たち、ウェールズでは沢山いたのにイングランドではなかなか会えないフェアリーたち…。
そんな「others」の中で、無理に自分を変えなくても、自分が大好きなものをパスポートにして、どこかにいる仲間を探し出すことはできる。
そしてそれは、宇宙や異世界を旅するより心躍る冒険になるかもしれないのだ。
今、何処かに一人でothersと戦っている人にその希望を伝えるために著者は本書を書いたのかもしれない。


過去の自分に対し、年齢に応じたアドバイス
与えられるとしたら、いったいなにを言えばいいのか?
十歳から二十五歳までのわたしには、
こう言ってあげよう。
事態はよくなってゆく。絶対に。
あなたが好きだと思える人たちは、
必ず現われる。そして向こうも、
あなたのことを好きになってくれる。

著者が本書の冒頭に挙げたファラ・メンデルソーンの言葉は、その希望をそのまま表している。

明日はきっと今日よりもいい日になるよ。


BGM「Secret Kingdam」 手嶌葵


図書室の魔法 上 (創元SF文庫)

図書室の魔法 上 (創元SF文庫)

図書室の魔法 下 (創元SF文庫)

図書室の魔法 下 (創元SF文庫)