「ワイフ・プロジェクト」 グラム・シムシオン 著

身長も知的能力も高く、社会的地位にも恵まれ収入も平均以上。なのに、コミュニケーション能力は最低。そんな理系男子の予測不能でロマンチックな婚活プロジェクト!


「彼ってキュートでしょ」と、友人がよく俳優やタレントを指して言う。
キュートという言葉の定義がよく分からないし、キュートはプリティやチャーミングとどう違うのかも分からないので返事に困る。
友人はそれらの言葉を使い分けているようなのだけれど、その対象を見てもいまイチ、ピンとこない。
だけど、やっと私にもキュートの意味が分かった。
キュートって、一生懸命で健気で見ていると放っておけないような気持ちのことでしょう?
だったら、この本の主人公ドン、彼こそ私にとってのキュートな男性だ。


本書の主人公ドン・ティルマンはオーストラリア、メルボルンの大学で遺伝学の教鞭を執っている理系男子で現在パートナーを募集中。

ぼくは三九歳。背が高くて健康で知的能力は高い。大学の准教授であり社会的地位は比較的高く、収入は平均をうわまわっている。客観的にいえば、広範囲の女性にとって魅力的な対象であってもおかしくない。動物の世界であれば、確実に繁殖に成功しているだろう。

なぜこんな好条件のドンが結婚できないのか?
理由はまあ、彼の行動を見ていると分かる。
毎日のスケジュールは分刻みで組み込まれ、食事は”曜日別統一食事システム”を採用。
人の表情を読むのは苦手。
自分でも「自閉症スペクトラムの顕著な症状のひとつ」と分析しているけれど、人に感情移入することが苦手で、映画を見て感動したことがない。
発言は正確性と社会性を考慮し、そのため「後ろの席の太った、いや過体重の女性、どうぞ」なんて言ってしまう。


こんなドンが、真剣にパートナーが探しに乗り出し、まずは正確性と効率性を重視し、両面印刷で16ページのアンケートを作成し、これにぴったりハマる女性を探し始める。
これが題名にもなっている「ワイフ・プロジェクト」だ。
ところが、このプロジェクトに突然飛び込んできた女性ロージーが遺伝上の父親を探していると知ったドンはなぜか、その父親捜しを手伝い始める。
「ファーザー・プロジェクト」の始まりだ。
父親候補は母親が出席した医学部の卒業パーティーに同席していた約50名の男性。
ドンとロージーが、下手な芝居を打ったり知恵を絞ったりで、ついにはニューヨークにまで飛んで彼ら全員のDNAを採取する展開は愉快でスリリング、時にはとてもロマンチックだ。
ドンが同窓会に忍び込むためカクテルの作り方を丸暗記し(「アルコール取扱資格」まで取得し)、本番ではメモも取らずに143杯ものカクテルを繰り出すシーンなんて、もう最高。


すでに映画化権が売れているという本作。
言われてみると、確かにどのシーンも映画的で、ロージーから「グレゴリー・ペックに似ている」と評されるドンを誰が演じるのか、今からとても楽しみ。
作品中でも言及されているけど、「恋愛小説家」や「恋人たちの予感」などのコメディ映画を彷彿とさせるシーンやシチュエーションがたくさんあって、私の頭の中ではグレゴリー・ペックメグ・ライアンがドンとロージーを演じていた。


ドンのことばかり書いているようだけど、正直、この本は彼のキャラがすべて。
彼の思考回路はいわゆる常人とは明らかに異なるけれど、彼なりに論理的に筋は通っている。
だけど、人は自分というフィルターを通して他人を見るので、その行動が自分の基準から外れていれば、当然に「異常」、時には「危険」、良くて「変わり者」というレッテルを貼ってしまうことになる。
けれど、どんなに変わっていても、私は隣人であるダフネのため、自分の誕生日も忘れてしまった彼女のために、319歳の誕生祝いをしてあげるドンを好きにならずにはいられない。


彼が、自分にとって都合の良いベストパートナーを見つけるための「ワイフ・プロジェクト」は、自分を振り返り、変わるための「ドン・プロジェクト」になり、ついには愛する人のために何ができるのか?という問いに答えを出すための「ロージー・プロジェクト」に発展する。
それは、彼が社会の中で人と交わり、愛する女性を得るために登るべき階段であり、誰かのために変わりたいと真剣に願うドンの姿は、どんなに滑稽で、どんなにみっともなくても、私にとってはキュートそのものなのだ。



ワイフ・プロジェクト

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