「犯行現場の作り方」 安井俊夫 著

現役の一級建築士が、「あの」推理小説の犯行現場となった建物を、作品中の記述を手がかりに、建築図面を引きつつ忠実に図面化し分析する。あれを実際に建てちゃったらどうなるの?


この本で取り上げられているのは、意欲的な作風で謎解きに取り組んできた作家たちの代表作10作品。
どの作品もいわゆる本格物と呼ばれるジャンルで有名な作品だ。
特徴として、 事件の舞台が不可解で摩訶不思議な建物であること。
これを聞いたら、「あ、もしやあれかも」と心当たりがある方もいるだろう。


取り上げられた作品は以下の通り。

十角館の殺人綾辻行人
「8の殺人」我孫子武丸
「長い家の殺人」歌野晶午
「玄い女神」篠田真由美
「十字屋敷のピエロ」東野圭吾
笑わない数学者森博嗣
「誰彼」法月綸太郎
「本陣殺人事件」横溝正史
「三角館の恐怖」江戸川乱歩
「斜め屋敷の犯罪」島田荘司


私は、このうち3作は残念ながら未読なのだが、犯人やトリックに差し障りがない程度に作品についても触れられているので、つまらない思いはしない。
むしろ、この本を読んで興味が湧き、未読本も読んでみたくなってしまった。
いや、それどころか既読本まで再読したくなってしまい、困っているくらい。


これらの作品で描かれるのは、密室殺人とか、猟奇殺人。
非日常の事件ゆえに、舞台となるのは、人里離れた、山奥の部屋が何室もある豪邸だったりする。
そこが作者の最も力の入る部分でもあるから、小説の始まりに、いかにも!な洋風建築や、曰くありげな屋敷が出てくると、「来た来た〜!」とかけ声を上げたくなる。
しかし、これが曲者なのである。


まず、第一に「人里離れてる」のは、莫大なコストがかかる要因となる。
資材を運んだり工事を行う作業員の手間暇を考えると、現場に作業員の宿泊施設などを作る必要もあることから、著者も指摘するが、これらの作品の中には何億、何十億もの費用がかかる建物が少なくない。
また凝った細工や意匠、人目を惹くデザインはおそらく作者の創意工夫の賜物なのだが、これがまた費用を肥大させる原因となる。
それだけならまだしも、笑ってしまうのは、あまりの想像を絶する謎屋敷ぶりに、取り上げられた作品中の半分以上の建物が「違法建築」であること!
推理小説としては「名作」と思えた作品が、違う観点から眺めてみると、滑稽味を感じる作品にも思えて楽しくなってしまう。


でも決してこの本によって、かつて読んだ作品の評価が下がるとは思えない。
なにより著者がこれらの作品を、そしてそこに登場する建築物を本当に大切に扱っていること、揶揄するような口調ではなく、敬意を払って語っていることが伝わってくるから。
本が作者からの語りかけだとしたら、読者が丁寧なお返事を書いたような、そんな本。
あぁこんな読み方もあったんだなあ。


犯行現場の作り方

犯行現場の作り方