「くちびるに歌を」 中田 永一 著

男子も女子も、それぞれが身体を楽器にして声を出す。音が混じり合い、糸をより合わせるように一つになる。キラキラしたものを眺める、その心地よさ。この本はその心地よさで出来ている。


同じ制服を着て、同じ場所で一緒に歌っていながら、メンバーの一人一人が、それぞれに抱える悩みや、家族の秘密。
どれも非力な子どもには簡単に解決できるような問題ではない。
子どもなりの気づかいやプライドを持って、そのつらさを表に出さないまま、仲間と同じ曲を歌う。
決して、それぞれの悩みを分かち合うことはできなくても、歌声だけは重ねて1つにすることができる。


私にはわりと身近なのだが、ゆるいリズムの長崎県五島の方言が温かい。
最初は独白が誰のものなのか分かりにくい点があったが、次第に登場人物の個性がくっきりとしてくるに従い、違和感はなくなった。


この本を読んでいる間、常にアンジェラ・アキさんの「手紙」が耳元で流れていた。
この曲は、2008年NHK全国学校音楽コンクール中学校の部の課題曲で、15歳の自分が大人になった自分に今の苦しみを吐露し、大人の自分がそれに応えるという問答歌のような形式になっている。
作中でも、主人公たちがこの曲を歌い、将来の自分に向かって手紙を書く場面があった。


音楽が絡んだ小説は、どうしても読んでいる間中その曲がBGMになってしまうものだ。
そういう意味で、「手紙」という名曲をBGMにしたことが、この本の味わいをさらに深いものにしている。
なぜなら、自然と読者はこの本を読むことで、自分の中の「15歳の自分」と対話することになるだろうから。


ただ贅沢を言えば、先生方など個性的な登場人物もいたのだから、せっかくなので大人の視点がもっと欲しかったなあと思う。
大人になっても、思うに任せないつらさがあったり、沢山の後悔を抱えていたり、それでいて、笑って許す強さが身についたり。
そんな大人の姿が描かれていれば、より「15歳」のかけがえなさ、せつなさが際立ったのではないだろうか。




追記 著者は既に著作も多数出版している、ある作家の別名義だそうです。正体は意外でしたが、少し趣向を変えているようで(だからこそ別名義なんでしょうが)、私はこの作品の志向の方が個人的には好みです。

くちびるに歌を

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