「饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる」 西川 恵 著

他国の客人をもてなす外交的な饗宴。そこで発信される政治的なシグナルとメッセージの数々、その一方で歓迎の心を伝える人々の温かい心配り。今も会議は踊り続けているのだ。


他者をもてなす、歓待することを、英語では「hospitality(ホスピタリティ)」という。
ホスピタリティという言葉は、ラテン語の「hospes」を語源とするが、これは「旅人、異邦人をもてなす主人」という意味だそうだ。
そして、この本は異邦人、外国の客人をもてなす国々の饗宴を描くノンフィクションである。


著者は毎日新聞社の記者としてテヘラン支局、パリ支局、ローマ支局、外信部長、論説委員などを経て現在、外信部専門編集委員を務める人物。
履歴を見れば、当然ながら、その仕事は世界各国の動向を分析し、国際的・政治的な交流を取材することであり、その中で多くの国際的な饗宴を目の当たりにしてきたことがわかる。


その中で著者が気づいたのが

「饗宴はすぐれて政治である」

という考えであったという。
本書を読めば、この言葉に十分納得がいく。


外交的な饗宴において、料理のメニューが主賓の好みを考慮するのは当然のことである。
しかしそればかりではない。
素材には自国の名産品を使用したり、相手国の名産品を逆に使用したり。
料理法や宴席もフルコースの高級料理であったり、気さくなバーベキュースタイルであったり、立食や鉄板料理であったり、TPOにも気配りしつつさまざまな舞台が用意される。


料理だけではない。
ワインなどの飲み物を選択する際にも相手国の歴史や土地柄を調べ、いかにして相手に配慮していることを知らせ、場を和ませるかを考慮する。
例えば、いわゆる「汗血馬」の産地として有名なトルクメニスタンの大統領との夕食会において、日本側は赤ワインに〈シャトー・シュヴァル・ブラン〉(フランス語で「白い馬」)というワインを用意したという。
大統領自身が乗馬が趣味で、白い馬を持っていることを念頭においたものだ。
(残念ながら、この心遣いを当時の総理大臣はうまく利用することはできなかったようだが)


また、出席者の夫人たちのドレスも、デザイナーから色、形に至るまで、相手国に対する好意と尊敬のシグナルを発信している。
また、当然ながら宴が行われる部屋の装飾品にも心配られ、所縁のある絵画や美術品が話題作りに一役買うこともある。
また饗宴の前後に客人に手渡すお土産品にも、大切なメッセージを隠されている。
すべてはシグナルとメッセージの連続。
確かに「すぐれて政治である」という感想も頷ける。


一方で、とかく外交ベタと言われる日本であるが、沖縄サミットの饗宴の準備と当日の様子を描いた章は圧巻である。
そこでは各国首脳の集まるたった一夜の饗宴を成功させるために、文字通り寝る間も惜しんで準備をする担当者たちとその努力が報いられる瞬間が描かれる。
相手の国を知り、相手の人を知り、心から楽しいひと時を過ごしてもらうために自分の全精力を傾け、歓迎の心を伝える。
まさにまさに、饗宴外交は、すべての面で「政治」でありつつ、しかし同時に、そこにいるのは紛れもなく人間であり、「hospes」の精神であると私には感じられた。


本書では、他にも皇室外交と英王室外交との対比やその歴史的な意味、各国公使たちの草の根外交の面白さなど、見どころがたっぷり。
特に天皇陛下の「1ヶ月ルール」については、健康問題ゆえのトラブルであると認識していたのだが、そうではなく、皇室外交の在り方そのものと関わるルールであったことを知ったのは収穫だった。
外交は日本という国の在り方、理念の据え方、さまざまなふるまい方を外の世界に示す、ある意味で取り返しのつかない大切な舞台である。
そして饗宴はそれを直接、間接に伝える重大な手段なのだ。


新聞やニュースで報道される外交ニュースの陰で、今もなお、会議は踊っている。



饗宴外交「ワインと料理で世界はまわる」

饗宴外交「ワインと料理で世界はまわる」