「トッカン 特別国税徴収官 」 高殿 円 著

悪質滞納者と戦う新人徴収官ぐー子と最強の特別国税徴収官、通称「トッカン」鏡雅愛。数々の脱税の手口とそれを見抜くプロのテクニック。面白くてためになる、おしごとAND成長小説。


日本国憲法 第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

国民の三大義務の一つ、「納税の義務」。

所得税とか資産税、車税など、対象となる人でなければ意識しない税金もあるけれど、誰でも食べ物を買ったり、モノを買う以上、消費税からは逃れられない。
その意味では「納税」は理論上、誰もが平等に、公平に負担している義務とも言えるだろう。

されど、この義務、実は「平等に」という点には疑問符がつく。
ぐー子の恩師の言葉によると、「この日本で、一番多くの被害者を出す犯罪」は「脱税」。そして、その被害者は「1億5千万人」。
平成22年度に処理された脱税事件の脱税総額は248億円だというから、これが私たち国民の被害額ということになる。

そして、そんなズルを見抜いて、脱税者から税金を徴収するのが、この本の主人公ぐー子の仕事、国税徴収官だ。

「ぐー子」、本名は鈴宮深樹(すずみやみき)25歳。
彼女は、上司の「京橋税務署の死神」、鏡雅愛(かがみまさちか)特別国税徴収官(トッカン)に怒鳴られながら、反論できずに「ぐ、ぐ、ぐぅ」と(あだ名の由来はこれ)言葉を飲み込み、日々徴収に励んでいる。
そしてそれは、「税金泥棒、悪魔、などの罵詈雑言を浴びせかけられることなど日常茶飯事」、「ペットボトルの水から、オヤジが踵を踏みつぶしたスニーカーまで」投げつけられ、本作でも冒頭から、ぬか味噌たくあんが降ってくるという、かなりハードな毎日だ。

脱税者たちもさることながら、題名にもなっているだけあって、上司である「トッカン」鏡もかなりの人物だ。
相手が病人であろうが、悪人であろうが、やくざであろうが、宗教がらみであろうが、容赦なく金を取り立てる、ぐー子曰く「消費者金融よりもタチが悪い」人物。
おまけに一目見ただけで、たいていのものの値段は見抜く。
初めてあった時にグー子は上から下まで「トータル9800円」と言い当てられてしまうし、ある女性は整形の種類とトータル金額まで指摘された。
恐るべし…。


「世の税務職員の謎」として、ぐー子はこんなことをいう。

「なぜ、滞納者は税金を払わないのか」

私はそれは脱税する人たちに、
「見つかるのは運が悪いから。見つからずに得をしている人がいるんだから、まともに払ったら損だ」
という認識があるからではないかと思う。
どこかでズルをしてバレずに得している人がいると思う人がいる以上、その人たちに納得してもらうためには、嫌われても、罵られても、ズルを摘発し続けるすることは必要なのだ。
なんだか終わりのない戦いのようにも思えるが、被害は私たちの「お金」だけではない。
それはモラルという無形の財産にも及ぶのだから。


税金を払う側も、税金を払わせる側にも魅力的な登場人物が満載で、現在シリーズ第三作目が上梓予定というのも頷ける。
1作目ではぐー子の、2作目ではトッカン鏡の過去も明らかになり、ドラマも深みを増して行く。


TVドラマ化もあるというこの作品、是非、読んでからご覧になってはいかがだろうか。


さて、ここからは余談。

お金ってなんだろう?

脱税者たちとの死闘を繰り広げながら、ぐー子自身は、鏡トッカンから
「それ、◯井で先週セールでやってたリクルートスーツの売れ残り」
との指摘を受けたスーツを着用し、お茶代を浮かせるために役所の冷水器を愛用、趣味は貯蓄と言ってはばからない。
それはぐー子のつらい過去に原因があるのだけれど。

私には、脱税者たちの毎日も、ぐー子の過去や現在もまた、「お金」に振り回されているかのように思える。
だけど、高額の悪質滞納者の陰で、毎月数千円を収め続ける老女、わずかな分納金も払えず自殺しようとする自営業者、お金に振り回された半生から脱出しようとする女性…。
実に、様々な人生がある。

お金だけを見つめていれば、見えてこないものがある。
おそらく、大切なのは、“お金を見つつ、お金だけを見ないこと”。
お金が問題なのではなく、必要なのは、皆が平等だと感じられるシステム構築。
誰もが損をしていると感じなくなるような納税方法。
「あいつ、ズルしてるから懲らしめてやろうぜ」
だけで済まさないで、もう一歩先、得とか損の、「もう一歩先にあるもの」を皆で考えることができれば。
ぐー子たちが「泥棒」と言われることはなくなるのではないか。
弱きものが、施政者に振り回されることは少なくなるのではないか。

つまらない嫉妬や浅慮な発言で溜飲を下げてる場合じゃない。
もっと私たちは賢くならなければ。

芸人の家族が公的扶助を不正に受給したというニュースとそれに伴う騒動を見ながら、最近、そんなことを考えている。






トッカン―特別国税徴収官― (ハヤカワ文庫JA)

トッカン―特別国税徴収官― (ハヤカワ文庫JA)