「特捜部Q 檻の中の女」 ユッシ・エズラ・オールスン著

眠れる事件を掘り起こすために新設された「特捜部Q」。頑固者刑事とイスラム系外国人の助手のコンビは、孤独な戦いを続ける檻の中の女を助け出すことができるのか。北欧発のとびっきりの警察小説。


モースは亡くなった。
新しいパスコーとダルジールには会えなくなってしまった。
そうして、世の中は確実に、私にとっては寂しいところになってしまった。
彼らの存在は私にとって、すぐに代わりが現れるとは簡単には信じられないほど大きかったから。

ところが、さほど期待をせずに手に取ったこの「特捜部Q」。
1作目の「檻の中の女」を2日で読み上げ、さらに2作目を買いに走り、そしてトキメキと共に3作目を開く、今ココ。
これ程に胸が弾んだのは本当に久しぶりだ。

作者はユッシ・エーズラ・オールスン。
聞き慣れない発音だが、デンマークの作家で、あとがきによると、この「特捜部Q」は現在4作目まで出版され、シリーズ3作目は「ガラスの鍵賞」(北欧5ヵ国の最も優れた推理小説に送られる文学賞)を受賞、さらにシリーズ4作目はデンマーク文学賞である「金の月桂樹賞」を受賞したという。

最近、北欧の作家の作品が注目を集めている。
「ミレニアム」三部作のスティーグ・ラーソン
「刑事ヴァランダー」シリーズのへリング・マンケル。
「エリカ&パトリック事件簿」カミラ・レックバリ などなど。
確かにどれも力作ぞろいなのだけれど、一方で作品に薄くまとわりつく冷たさや寂しさ、孤独感のようなものに、どこか違和感を覚えていた。
ところが、この「特捜部Q」、不思議とその違和感がない。

主人公はカール・マーク。
多分、カールが上司だったら相当ストレスが溜まるだろうと思われるほどに、「嫌なヤツ」だ。
(嫌なヤツ好きの私にはツボなのだが)
冒頭で、彼が銃撃戦の末、腹心の部下1人を亡くし、もう1人の部下も脊損で体の大部分の機能を失って自暴自棄になって、自分自身も刑事としてのやる気を失いつつあることが描かれる。
警察署内で必ずしも人気者とは言えないカールは、上司たちの陰謀により、過去の未解決事件の掘り起こしをするという「特捜部Q」に追いやられる。
誰も訪れることのない地下の部屋で、一日中サボって過ごすつもりのカールだったが、その彼にアシスタントが与えられる。
それが、自称シリア人のアサドだ。

デンマークでは高福祉を支えるための労働力として積極的に移民を受け入れてきた歴史があり、アサドのようなイスラム系の外国人が珍しくはないようだ。
しかし、このアシスタントはかなりの奇人で、カールは隠遁生活を送るはずが、とっくに情熱を失っていたはずの捜査活動に無理やり追い立てられるハメになる。

アサドがカールを巻き込んだのは、とある国会議員の行方不明事件。
彼女は障害のある弟にフェリーから突き落とされたものと思われていたのだが、カールたちが再捜査を始めるうちに、いくつもの疑問点が浮上する。
誰も期待せず、誰も関心を持たない中、闇の中を手探りするように捜査を続ける2人。
チグハグで息の合わない2人の捜査は、滑稽で空回りしているようにしか見えないが、実は確実に真相へと迫っていた。
そしてそれは、世界の片隅で信じられないような境遇に陥っていた「檻の中の女」にとっては、最後の希望でもあったのだ…。

本作で、アサドにはいくつかの謎が隠されていることが示唆されており、カールの私生活のゴタゴタも含めて伏線がたっぷり。
つまりこの第一作目で既にシリーズ化を前提としていたことが分かる。
それは、絶対に読者がついてくることを信じていたということだろう。
その自信を裏付けるように本シリーズはヨーロッパ、アメリカで次々にベストセラー入りを果たしているという。

「特捜部Q」の初めての事件。
スリルと興奮を得たい方は是非、ご一読を。

特捜部Q ―檻の中の女― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1848)

特捜部Q ―檻の中の女― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1848)