「楽園のカンヴァス」  原田マハ 著

アンリ・ルソーの絵画をめぐる真贋判定。ピカソやアポリエールなど実在の人物も絡めつつ描かれる幻の絵画と夢のような7日間の出来事。贋作、二重作品、暗号のトリック…ページをめくる手が止まらない。

冒頭から実在の「大原美術館」の名前が登場。
途端に、あの白壁や日本庭園、シンとした本館の展示室の空気まで脳裡に蘇る。
息を殺して作品に見入る人々。
美術館の見学に来た学生たちの囁き声。
時折、感じられる外の喧騒。
無表情に、気配を消して通り過ぎる監視員の女性たち・・・。
それはまるで、目の前で繰り広げられる光景のように生き生きとしている。

冒頭に登場する主人公は、大原美術館の監視員をしている女性、早川織絵。
彼女の境遇は多くは語られない。
地元倉敷に住み、反抗期の娘を抱え、暮らしぶりも地味な様子で、その描写は表紙のアンリ・ルソーの官能的でロマンチックな絵画とはあまり結びつかない。
しかし、ブラウン神父も言った。
「彼等とても人間ですから情熱もある。」
(「ブラウン神父の童心」G・K・チェスタトン著)
そう、この地味な監視員の女性にも、隠された熱情とスリルあふれる7日間があったのだ。

本編は、この7日間の物語だ。
しかし時は17年前に遡り、主人公はニューヨーク近代美術館のアシスタントキュレーター、ティム・ブラウンという男性に交代する。

休暇前、ティムに届いた有名なコレクターからの1通の招待状。
一介のアシスタントにこのようなものが届くはずは無く、ティムはこれが同姓の上司トム宛ての招待状だと分かってはいた。
しかし好奇心に負け、彼はこれを開封し、あまつさえ招待に応じてコレクターの元に馳せ参じてしまう。
上司トムになりすまして。
そんな彼に、コレクターから与えられた課題は、コレクターが私蔵している「夢をみた」という絵画、これが本当にアンリ・ルソーの筆になる真作か偽作か、それをもう1人の判定者と一緒に判定すること。
そしてコレクターを納得させる優れた講評を述べることができれば、なんとこの絵の取り扱い権利を得ることができると言うのだ。
真贋判定の条件として提示されたのは謎の手記を1日1章読むこと。
あまりの話におののく彼の前に立ちはだかるのは、もう一人の判定者、早川織絵という若く美しい女性だった・・・。

美術品の真贋判定の物語はフィクション・ノンフィクション問わず数多くあり、私の大好きな分野だ。
おまけに登場するのは実在の美術館、またアンリ・ルソーだけでなく、画家ピカソや詩人アポリエールなどの有名人も登場する。
それだけで一気に物語に親しみが湧き、その世界に入り込んでしまう。
巧いなあ。
後で知ったのだが、作者は実際にニューヨーク近代美術館に勤めた経験もあるキュレーターであるとのこと。
そんな作者のリアルな描写が、この作品で描かれる「夢をみた」や、7日間の出来事、ルソーを愛する2人の登場人物が、まるで実在するかのように思わせてくれるのだろう。
また謎の手記に著された生前のルソーの貧しさと孤独、それと対照的な現代美術界の莫大な金や地位を巡る裏の駆け引き。
これらの描写にもキュレーターとして絵画と向き合い、美術界で生きてきた作者ならではの優れた知見が反映されていると感じた。

さて、真贋判定の結果は?
身分を偽ったティムはどうなったのか?
17年後の早川織絵とティムはどうなるのか?
様々な謎に、ページをめくる手が止まらない。
本作品を読んだ後は、しばらくネットで美術作品を眺める日々が続くことは保証します!

楽園のカンヴァス

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